月一更新が目標だったのに、気づいたら、前回の投稿からあっという間に2ヵ月が過ぎている…。
まあ、試験期間あったり、日本に帰って留学説明会したり、進級試験があったからね!
(←言い訳です、すみません…。)
試験を終えて、自分の中でも年が明けたということで、心機一転、また月一更新を目指します!
さて、前の進級試験の9月のブログを見返してみると、このころの自分大変だったなぁ、と(苦笑)。
試験に落ちてへこみ、説明会の準備で初めのうちは、たらい回しにされてへこみ…。
授業は始まっていたから、課題をしながらの再試験受けられるかどうか、
説明会のための会場と講演者との交渉のメールのやり取り…。
いやー、大変だった(苦笑)。
でも、このあと、日本から大切な人が来て、支えてくれたおかげで助かりました。
今回の試験のときも支えてもらって、とても感謝しています。ありがとう。
そして、10月が過ぎ、11月のThanks Givingには旅行で休もうと思っていたら、
学会用の投稿論文に追われ、旅行中に夜通しでがんばって書き上げたら、
「今回は投稿を見送ろう」の一言…。うーん、大変な秋学期だったね。
ロボットのプロジェクトはうまくいったので、終わりよければなんとやら、という感じですが(笑)。
春学期・夏休みはうまくいってたのに、試験でバランスが崩れた2015年でしたね。
…、ってここまで、去年の話してる。2016の最初のブログなので、抱負を書こうかと。
やっぱり去年と同様、研究のアウトプットをがんばる一年にしたいと思います。
結局、去年も学会の投稿論文書いたものの見送りになってしまったので…。
特に、今年は頼りになる先輩が卒業してしまうので、引継ぎもいろいろやらないといけないし、
聞けることは、今のうちにいろいろと聞いておこうと思うわけです。
そして研究のプロジェクトを引っ張っていけるようになります!
進級試験の準備をしてて思ったことは、正しい努力すれば「なんとかなる」、ということ。
どのタイミングからでも一歩目を早く切り、きちんとやれば結果はついてくると思うので、
今年もがんばりたいと思います。
試験結果がでるまではドキドキですが、受かってることを信じて、また来月!
2016年1月16日土曜日
2015年11月8日日曜日
Tendon始めました。
とうとう、月一更新がストップしてしまった先月ですが、またがんばりたいと思います!
先月あたりまで、試験やプロジェクトといろいろなことに「不必要に」追われていた気がします。
「実力・日程的にむりなんじゃないの!?」と思うことから、不安になる。
不安になった結果、一歩目が遅れ、さらに不安が増す…、みたいな負のスパイラルでした。
でも、不安を解消するには、行動しかないんだな、とドイツで学んだことをあらためて思いました。
結局、待っていても誰もなにもしてくれないので、自分から行動して動くようにする。
言い訳を練るよりも、一歩目の動き出しを早くできるようにすることがすごく重要かと。
できるとわかっている、時間が見積もれるのであれば、すでにある程度わかっているわけで。
不安に思わないこと、つまり結果がわかることをやっているなら、成長というより研究ではないですよね苦笑。
どうなるかわからないから時間がかかる分、一歩目の踏み出しが重要かなと思うわけです。
少しできたことへの自信と不安な気持ちを上手く扱えることが重要かなと。
あと、だれかがfacebook上でアップしていた動画のリンクをつけておきます。
この人がどういう人かはわからないけど、言っていることはおおむね正論だと思います。
一般的に、完璧主義者の多い日本人は、「どーせむり」っていう人がかなり多いと思います。
そういわれると、日本人気質の自分は、「だめなのかなぁ」とよく不安になります苦笑。
完璧主義というと、ロケットと聞いたらアポロ11号のような立派なものしかイメージできず、ミニチュア版を見せられると「ああそう」といって一気に興が削がれる感じです苦笑。その結果、「(いきなりあんな立派なものは)どーせむり」という心境になりやすいのかなと。
でも、今いる研究室には、「面白そう、とりあえずやってみようぜ!」という人が多いです。
(※海外の人がみんなそんな感じというわけではなく、むしろこの環境が特殊だと思っています。)
できるだろうと思って、一歩目を踏み出すこと、踏み出しやすい環境にいることも、なにかを生み出す上で重要だと思うわけです。
最後に、学部以来でひさしぶりに日本でいうサークル活動に参加しはじめました。
障害を技術で乗り越えようということに、研究とは違う視点からトライしています。
今は、Tendon Gloveというものをつくろうとしています。
(タイトルですが、「Tendon」=「腱」であって、丼ではないということです笑。)
ちょっとずつ行動していき、自分ができること増やし、やりたいことができるようになれたらな、と思う今日この頃でした。
さて、課題をやろうかな…苦笑。
先月あたりまで、試験やプロジェクトといろいろなことに「不必要に」追われていた気がします。
「実力・日程的にむりなんじゃないの!?」と思うことから、不安になる。
不安になった結果、一歩目が遅れ、さらに不安が増す…、みたいな負のスパイラルでした。
でも、不安を解消するには、行動しかないんだな、とドイツで学んだことをあらためて思いました。
結局、待っていても誰もなにもしてくれないので、自分から行動して動くようにする。
言い訳を練るよりも、一歩目の動き出しを早くできるようにすることがすごく重要かと。
できるとわかっている、時間が見積もれるのであれば、すでにある程度わかっているわけで。
不安に思わないこと、つまり結果がわかることをやっているなら、成長というより研究ではないですよね苦笑。
どうなるかわからないから時間がかかる分、一歩目の踏み出しが重要かなと思うわけです。
少しできたことへの自信と不安な気持ちを上手く扱えることが重要かなと。
あと、だれかがfacebook上でアップしていた動画のリンクをつけておきます。
この人がどういう人かはわからないけど、言っていることはおおむね正論だと思います。
一般的に、完璧主義者の多い日本人は、「どーせむり」っていう人がかなり多いと思います。
そういわれると、日本人気質の自分は、「だめなのかなぁ」とよく不安になります苦笑。
完璧主義というと、ロケットと聞いたらアポロ11号のような立派なものしかイメージできず、ミニチュア版を見せられると「ああそう」といって一気に興が削がれる感じです苦笑。その結果、「(いきなりあんな立派なものは)どーせむり」という心境になりやすいのかなと。
でも、今いる研究室には、「面白そう、とりあえずやってみようぜ!」という人が多いです。
(※海外の人がみんなそんな感じというわけではなく、むしろこの環境が特殊だと思っています。)
できるだろうと思って、一歩目を踏み出すこと、踏み出しやすい環境にいることも、なにかを生み出す上で重要だと思うわけです。
最後に、学部以来でひさしぶりに日本でいうサークル活動に参加しはじめました。
障害を技術で乗り越えようということに、研究とは違う視点からトライしています。
今は、Tendon Gloveというものをつくろうとしています。
(タイトルですが、「Tendon」=「腱」であって、丼ではないということです笑。)
ちょっとずつ行動していき、自分ができること増やし、やりたいことができるようになれたらな、と思う今日この頃でした。
さて、課題をやろうかな…苦笑。
2015年9月6日日曜日
新学期が始まって…
2週間経ったのに、試験の結果発表がまだのままでもやもやした3連休となりました苦笑。
さて、新学期が始まりました。
試験の準備に追われ、新学期の準備をしていなかったので、まず授業登録に追われました…。
取りたかった授業が急にキャンセルになったり、予想より授業の内容が興味なかったり笑。
試験結果にもやもやしていたというのもありますが、授業選択において、なんか自分で自分の首を絞めてたかな、と。
はじめは、同期が3科目とるからとか、早めに授業の単位を取り終えるために、3科目取ろうとしました。でも、そうすると授業負担が半端ないので、結果2科目に減らしました。
(といっても、8単位なので、およそ3科目分の負担になりそうな気はしますが…苦笑。)
そして、自分は良くも悪くも周りと比較しているんだろうなぁ、とも。
日本にいると、みんなほぼ同じ年齢で「学校に通い、大学の勉強をスムーズに終え、就職する」という一連の流れから外れないようにすることが重要で、とりあえず与えられた課題を効率よくこなし、優秀な成績で卒業することを無意識に心掛けるようになっていた気がします。
その考え方を引きづっていたのか、自分で「この日程はきつい…」と思っていても、周りができているから頑張らなければと思ったり。人よりも早く、効率良く、成績良く、と考えていたり。
でも、結局、自分のできるペースでこつこつ進めていくのが一番かと。
そして、効率とか考えずに、興味のあることに手を出して、自分が楽しければいいかと。
(もちろん、そこでは相応の努力が必要だとは思いますが。)
そうすると、自分だけにしかできないことができてくるのかな、と思います。
研究課題って与えられるというより見つけるもので、課題として好きなことをやれる期間だと思うので、自分の好きなことを思いきりやりたいな、と思うわけです。
こういうこと書くと、スティーブ・ジョブスのスタンフォードでの講演を思い出します。
"you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life."
(quoted from: http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html)
…
そう、だから試験の結果なんて関係ない!
、と思って悩まないようにしている今日この頃でした笑。
では、また来月に!
さて、新学期が始まりました。
試験の準備に追われ、新学期の準備をしていなかったので、まず授業登録に追われました…。
取りたかった授業が急にキャンセルになったり、予想より授業の内容が興味なかったり笑。
試験結果にもやもやしていたというのもありますが、授業選択において、なんか自分で自分の首を絞めてたかな、と。
はじめは、同期が3科目とるからとか、早めに授業の単位を取り終えるために、3科目取ろうとしました。でも、そうすると授業負担が半端ないので、結果2科目に減らしました。
(といっても、8単位なので、およそ3科目分の負担になりそうな気はしますが…苦笑。)
そして、自分は良くも悪くも周りと比較しているんだろうなぁ、とも。
日本にいると、みんなほぼ同じ年齢で「学校に通い、大学の勉強をスムーズに終え、就職する」という一連の流れから外れないようにすることが重要で、とりあえず与えられた課題を効率よくこなし、優秀な成績で卒業することを無意識に心掛けるようになっていた気がします。
その考え方を引きづっていたのか、自分で「この日程はきつい…」と思っていても、周りができているから頑張らなければと思ったり。人よりも早く、効率良く、成績良く、と考えていたり。
でも、結局、自分のできるペースでこつこつ進めていくのが一番かと。
そして、効率とか考えずに、興味のあることに手を出して、自分が楽しければいいかと。
(もちろん、そこでは相応の努力が必要だとは思いますが。)
そうすると、自分だけにしかできないことができてくるのかな、と思います。
研究課題って与えられるというより見つけるもので、課題として好きなことをやれる期間だと思うので、自分の好きなことを思いきりやりたいな、と思うわけです。
こういうこと書くと、スティーブ・ジョブスのスタンフォードでの講演を思い出します。
"you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards.
So you have to trust that the dots will somehow connect in your future.
You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever.
This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life."
(quoted from: http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html)
…
そう、だから試験の結果なんて関係ない!
、と思って悩まないようにしている今日この頃でした笑。
では、また来月に!
2015年8月25日火曜日
試験を終えて…
ようやく進級試験を受け終わりました。
結果は1週間後なのでわかりませんが、受かったと思っておくことにしておきます笑。
もし朗報がきたら、来月分で報告しますね笑。
さて、この夏はほとんど進級試験の準備で終わってしまったという感しかない…。
もちろん、日本に帰ってインターンもしたし、ロンドンに行ったり、ほかにもいろいろあったけど…。
甲子園もいつの間にか始まり、いつのまにか終わってたし。
他の同期がさっさとパスして、夏を満喫しているのをみると、うらやましくも思ったり笑。
とにかく、試験は終わりました。そして、もうすぐ水曜からは、もう授業が始まります。
渡米して、およそ1年が経ったと思うとなんだか早いな、と感じてます。
でも、また授業が始まると「長いな」と思うんだろうな苦笑。
前学期でなんとなくやりたいことが見えてきたので、今学期はそれをもっと進めてみたいなと。
そして専門の授業は取り終えたので、次は副専攻のを抑えにいこうと思っています。
候補として…、
・AI
・Biology/Bio-engineering
・Human interface/Ergonomics
かなぁ、と思っていますが、どうするかな笑。
そういえば、この間、バークレーで日本でコンサルに勤めている方と会いました。
経済出身と聞いていたのに、制御の2次系のシステムについての簡単な説明をなんなく理解していたところ、頭いいな、と思った次第です。
コンサルの人全般、頭がきれるのか、はたまた会った人が優秀だったのか。
そして、「ロボットやっている」という理由からか、他にも電話ミーティングをする機会があったりで、結構ロボットの流行はきているのかな、と思ったりしています。
今週末は後輩が来るとか言っているし、毎セメスター日本人の方が来てくれるのはうれしいことですね!
ではでは、今月はこのへんで。
2015年7月25日土曜日
研究開発について思うこと
徐々に毎月更新が危ぶまれてきていますが、なんとか今月も更新です!
ではでは、前のブログに書いていた通り、日本に戻っての感想を…。
書きたかったんですが、記憶が遠くなってしまって苦笑。
(広島に行ったり、山登りしたり、フクロウカフェ行ったり…、感想を書きたかったんです笑!)
でも、ただいまPrelimsという博士課程への進学をかけた試験勉強真っ最中で、頭のモードが勉強になっているので、真面目モードで書きたいと思います。
というわけで、この前、日本にいる後輩との研究相談の一部を抜粋したいと思います。
(決して楽したいわけではないですよ…笑。)
分野の違う人にも、工学者の自分がどんなこと考えているのか少しわかってもらえたら幸いです。
①「研究」と「開発」の違いについて
まず、自分がよく書かれていると思うブログをごらんください(ここをクリック)。
このブログで書かれているように「システム」には複数の「技術」があります。
①-1「開発」について
大きな会社であれば、個人的な意見としては、どういう「システム」を創るかが非常に重要です。
そして、会社では、「製品」=「システム」であり、「製品」をつくることが「開発」であると思っています。
このとき、極端な話、システムにどういう技術を用いるかなんてどうでもいいんです。
なぜなら、A社やB社がすでに「技術」を持っていてつくってもらえるなら、安くて正確な方に外注すればいいんです(なぜなら、安い方が客のニーズを満たすから)。
また、C社しかできない技術があるなら、会社ごと買収して製品をつくるということも一案です。
G社がロボットのスタートアップを軒並み買収したのと同じことです。
つまり、「開発」とは、客のニーズを考え、ニーズを満たす「システム」をつくることです。
そのため、必要となる「技術」をブラッシュアップして編集し、まとめていく能力が必要となります。
また、ジョブスのように、客の(潜在的なものも含めた)ニーズを形にできる創造力、いろいろな人・会社を巻き込める力も求められます。
①-2「研究」について
上述のように、「開発」における「技術」は、要素の一つでしかありません。
一方、アカデミックな研究室では、
①新たな「技術」を発見・開発すること
②みんな(100年後の人等含む)が、その「技術」を使えるように説明書(論文)を書くこと
が求められます。
「システム」ではなくて、「技術」を求めること、これが「研究」です。
(注:あくまで一個人としての見解です。)
つまり、極端な話、新しい技術をどういうシステムにアプライするかなんてどうでもいいんです。
(研究費の申請書等々のためにいろいろ考えなきゃいけないのですが…苦笑。)
それよりも、自分の研究の結果が世界で初めての技術であり、それが多くの人に影響を与えるものであることが重要です。
そのために、いろいろな文献を読んで過去の研究成果との違いを知ることは非常に重要であり、多くの人に使ってもらえるように、より抽象的な概念に落とし込めるかも研究者としての腕の見せどことだと思っています。
①-3例
例があったほうがいいかと思ったので、とてもおおざっぱに例を示します。
(医学的なことをモノみたいに書くので、不適切な表現があったらすみません。)
(また、専門知識がないので、誤った部分があるかもしれません。)
ご存じ、山中先生は、iPS細胞をつくるという素晴らしい「技術」を発見し、論文という説明書を書いて、他の医学研究者たちもみんなが再現できたので、その功績が称えられ、山中先生はノーベル賞をもらいました。(一方、O保方さんは、説明書の書き方に不備があったため、いろいろと問題になりました。)これは明らかに「研究」です。
iPS細胞を用いれば、筋肉や皮膚等をつくることができるかもしれないという、画期的な技術です。
では、仮に、どこかの筋肉が委縮してしまって腕を動かせなくなったとしたら、このiPS細胞の「技術」単体を求めますか?
違いますよね、この場合、「委縮してしまった筋肉を取り換える」ことがニーズですよね。
すると、このニーズにこたえるには、①筋肉を再生するiPS細胞をつくる技術、②iPS細胞を培養させ、筋肉を再生する技術、③再生した筋肉と取り換える技術、のように、すごく大ざっぱに捉えても、iPS細胞の「技術」は、一つの要素技術にしかならないわけです。
そして、このニーズに沿うように、製薬会社や病院が一連の「システム(治療法)」を組むことが「開発」にあたるというわけです。
まだ、①しか書けていないのに、だいぶ長くなってしまったので、また今度に…。
たぶん、そのうちこの記事も更新するようにがんばります。
というか、来月にはPrelims合格していますように!!
p.s.
企業のニーズにこたえるようにして技術が発展してたりもするので、「開発」と「研究」については簡単に切り離せて考えるものではないです。
ただ、両者の考え方のベースの違いをわかってもらえたらと思います。
ではでは、前のブログに書いていた通り、日本に戻っての感想を…。
書きたかったんですが、記憶が遠くなってしまって苦笑。
(広島に行ったり、山登りしたり、フクロウカフェ行ったり…、感想を書きたかったんです笑!)
でも、ただいまPrelimsという博士課程への進学をかけた試験勉強真っ最中で、頭のモードが勉強になっているので、真面目モードで書きたいと思います。
というわけで、この前、日本にいる後輩との研究相談の一部を抜粋したいと思います。
(決して楽したいわけではないですよ…笑。)
分野の違う人にも、工学者の自分がどんなこと考えているのか少しわかってもらえたら幸いです。
①「研究」と「開発」の違いについて
まず、自分がよく書かれていると思うブログをごらんください(ここをクリック)。
このブログで書かれているように「システム」には複数の「技術」があります。
①-1「開発」について
大きな会社であれば、個人的な意見としては、どういう「システム」を創るかが非常に重要です。
そして、会社では、「製品」=「システム」であり、「製品」をつくることが「開発」であると思っています。
このとき、極端な話、システムにどういう技術を用いるかなんてどうでもいいんです。
なぜなら、A社やB社がすでに「技術」を持っていてつくってもらえるなら、安くて正確な方に外注すればいいんです(なぜなら、安い方が客のニーズを満たすから)。
また、C社しかできない技術があるなら、会社ごと買収して製品をつくるということも一案です。
G社がロボットのスタートアップを軒並み買収したのと同じことです。
つまり、「開発」とは、客のニーズを考え、ニーズを満たす「システム」をつくることです。
そのため、必要となる「技術」をブラッシュアップして編集し、まとめていく能力が必要となります。
また、ジョブスのように、客の(潜在的なものも含めた)ニーズを形にできる創造力、いろいろな人・会社を巻き込める力も求められます。
①-2「研究」について
上述のように、「開発」における「技術」は、要素の一つでしかありません。
一方、アカデミックな研究室では、
①新たな「技術」を発見・開発すること
②みんな(100年後の人等含む)が、その「技術」を使えるように説明書(論文)を書くこと
が求められます。
「システム」ではなくて、「技術」を求めること、これが「研究」です。
(注:あくまで一個人としての見解です。)
(研究費の申請書等々のためにいろいろ考えなきゃいけないのですが…苦笑。)
それよりも、自分の研究の結果が世界で初めての技術であり、それが多くの人に影響を与えるものであることが重要です。
そのために、いろいろな文献を読んで過去の研究成果との違いを知ることは非常に重要であり、多くの人に使ってもらえるように、より抽象的な概念に落とし込めるかも研究者としての腕の見せどことだと思っています。
①-3例
例があったほうがいいかと思ったので、とてもおおざっぱに例を示します。
(医学的なことをモノみたいに書くので、不適切な表現があったらすみません。)
(また、専門知識がないので、誤った部分があるかもしれません。)
ご存じ、山中先生は、iPS細胞をつくるという素晴らしい「技術」を発見し、論文という説明書を書いて、他の医学研究者たちもみんなが再現できたので、その功績が称えられ、山中先生はノーベル賞をもらいました。
では、仮に、どこかの筋肉が委縮してしまって腕を動かせなくなったとしたら、このiPS細胞の「技術」単体を求めますか?
違いますよね、この場合、「委縮してしまった筋肉を取り換える」ことがニーズですよね。
すると、このニーズにこたえるには、①筋肉を再生するiPS細胞をつくる技術、②iPS細胞を培養させ、筋肉を再生する技術、③再生した筋肉と取り換える技術、のように、すごく大ざっぱに捉えても、iPS細胞の「技術」は、一つの要素技術にしかならないわけです。
そして、このニーズに沿うように、製薬会社や病院が一連の「システム(治療法)」を組むことが「開発」にあたるというわけです。
まだ、①しか書けていないのに、だいぶ長くなってしまったので、また今度に…。
たぶん、そのうちこの記事も更新するようにがんばります。
というか、来月にはPrelims合格していますように!!
p.s.
企業のニーズにこたえるようにして技術が発展してたりもするので、「開発」と「研究」については簡単に切り離せて考えるものではないです。
ただ、両者の考え方のベースの違いをわかってもらえたらと思います。
2015年6月30日火曜日
逆インターン
今月も残すところわずかですが、(米国時間では)一応遅れることなく、各月更新ができそうです!
今月は2回くらい更新するかも!と粋がっていた月初めが懐かしい…笑。
さて、今回は、日本に帰ってインターンをやった感想を書いてみたいと思います。
ちなみに、過去、明示的に書いてはいなかった気もしますが、ドイツで約8ヵ月、オランダで約2週間以来の1ヵ月のインターンを日本でしています。
以前、日本にいたときは、海外に出たいために海外でのインターン先を探してました。
今回は、日本に長期で戻りたいために、逆に日本でのインターン先を探したという感じです。
(といっても、参加させてもらったインターン先は外資系なので、いろいろと「逆インターン」です。)
初めに言いたいこと。それは、今回のインターンで何が一番つらかったこと。
そう、久しぶりに日本に帰ってきて乗りましたよ、満員電車…。
しかも、6時台の電車でもほぼ満員…。
高校・大学と、自分はよく耐えてきたなぁ…、と思いました。
ちなみに、米国では大学まで徒歩圏内なので、通学時間が片道徒歩15min程度。
インターンをしていたドイツでは、自転車で20min程度。
けど、日本では、電車等で80min程度…。
まあ、米独は一人暮らしで、日本では実家通いなので、差は出て当然ですがきつい…。
日本での高校や大学時代、近くの学校に通学したことがなかったから、気付かなかったけど、
もっと通勤時間を削ったら、成績が伸びたんでは!?と思うくらいでした笑。
まあ、後悔はしていないけどね。
そして、インターンの内容ですが、研究テーマに近いウエアラブルロボットの開発でした。
ちなみに、英語だとExoskeleton、外骨格ロボットとも言われます。
(日本で有名なのは、筑波大の山海先生のHALですね!)
脱線しました。
で、インターン先では
・論文を読んで現状のロボットについて理解・把握して報告したり、
・シミュレーションを用いて、どのようにロボットを動かしたらいいのかを考えたり、
・実際のプロトタイプの制御プログラムを書いたり、
と短期であったのに結構幅広い分野に着手させてもらえました。
(その分、一つ一つの内容が薄くなってしまったのは内緒。まあ、1ヵ月だからね!)
どちらかといえば、企業の製品開発、というより研究室に近いこともあって、非常に動いやすい環境でした!将来働くなら、ああいう環境がいいですね!
そして、勉強になったのは時間の使い方。
グループで動けば一週間でそこそこ進むんだという実感を得られた気がする。
タスクに充てる時間を細かく区切ることで達成感を得ることとかね。
e.g.)
「レポートを終える」を1日のタスクとするのではなくて、
「レポートに何を書くか考える」: 1h
「書くための資料を集める」: 1.5h
「書くための資料を読む」: 4h
「書く・推敲」: 3h
みたいに区分けにすると、他の用事が入ってもどこかで切っても、いずれかのタスクはこなしているはずだから焦らずに済む、みたいな感じ。
あと、「求められていること」に、時間通りに的確に応える大切さ。
例えば、「レポートで求められていること」が3つあるのに、1つに時間を遣いすぎちゃって、他に手を回せず書けなくならないように時間配分をするとか。
不満があるとすれば、どこもそうなのかもですが、比較的動きが遅い点ですかね。
あらゆるパターンを考えてから良いものを選ぼうとするんだけど、時間がかかりすぎるんじゃないかなぁ…、と思ってしまったり。
かといって、行き当たりばったりで研究をしていて、後々後悔することを経験している身なので、しっかり考えるようにする視点を身に付けなければとも思いました。
今月はインターンのことしか書けなかったので、来月は日本に戻っての感想を書くことにしますかね。
今月は2回くらい更新するかも!と粋がっていた月初めが懐かしい…笑。
さて、今回は、日本に帰ってインターンをやった感想を書いてみたいと思います。
ちなみに、過去、明示的に書いてはいなかった気もしますが、ドイツで約8ヵ月、オランダで約2週間以来の1ヵ月のインターンを日本でしています。
以前、日本にいたときは、海外に出たいために海外でのインターン先を探してました。
今回は、日本に長期で戻りたいために、逆に日本でのインターン先を探したという感じです。
(といっても、参加させてもらったインターン先は外資系なので、いろいろと「逆インターン」です。)
初めに言いたいこと。それは、今回のインターンで何が一番つらかったこと。
そう、久しぶりに日本に帰ってきて乗りましたよ、満員電車…。
しかも、6時台の電車でもほぼ満員…。
高校・大学と、自分はよく耐えてきたなぁ…、と思いました。
ちなみに、米国では大学まで徒歩圏内なので、通学時間が片道徒歩15min程度。
インターンをしていたドイツでは、自転車で20min程度。
けど、日本では、電車等で80min程度…。
まあ、米独は一人暮らしで、日本では実家通いなので、差は出て当然ですがきつい…。
日本での高校や大学時代、近くの学校に通学したことがなかったから、気付かなかったけど、
もっと通勤時間を削ったら、成績が伸びたんでは!?と思うくらいでした笑。
まあ、後悔はしていないけどね。
そして、インターンの内容ですが、研究テーマに近いウエアラブルロボットの開発でした。
ちなみに、英語だとExoskeleton、外骨格ロボットとも言われます。
(日本で有名なのは、筑波大の山海先生のHALですね!)
脱線しました。
で、インターン先では
・論文を読んで現状のロボットについて理解・把握して報告したり、
・シミュレーションを用いて、どのようにロボットを動かしたらいいのかを考えたり、
・実際のプロトタイプの制御プログラムを書いたり、
と短期であったのに結構幅広い分野に着手させてもらえました。
そして、勉強になったのは時間の使い方。
グループで動けば一週間でそこそこ進むんだという実感を得られた気がする。
タスクに充てる時間を細かく区切ることで達成感を得ることとかね。
e.g.)
「レポートを終える」を1日のタスクとするのではなくて、
「レポートに何を書くか考える」: 1h
「書くための資料を集める」: 1.5h
「書くための資料を読む」: 4h
「書く・推敲」: 3h
みたいに区分けにすると、他の用事が入ってもどこかで切っても、いずれかのタスクはこなしているはずだから焦らずに済む、みたいな感じ。
あと、「求められていること」に、時間通りに的確に応える大切さ。
例えば、「レポートで求められていること」が3つあるのに、1つに時間を遣いすぎちゃって、他に手を回せず書けなくならないように時間配分をするとか。
不満があるとすれば、どこもそうなのかもですが、比較的動きが遅い点ですかね。
あらゆるパターンを考えてから良いものを選ぼうとするんだけど、時間がかかりすぎるんじゃないかなぁ…、と思ってしまったり。
かといって、行き当たりばったりで研究をしていて、後々後悔することを経験している身なので、しっかり考えるようにする視点を身に付けなければとも思いました。
今月はインターンのことしか書けなかったので、来月は日本に戻っての感想を書くことにしますかね。
2015年5月3日日曜日
日本と海外の記事の違いからみる視点の違い
今月は遅れずに更新できそうです!
といっても、テスト勉強から逃げたいだけな気もしますが…苦笑。
とはいえ、昨日研究発表を終えたので、良しとしましょう。
さて、最近Facebookに上がった安倍首相のスピーチについてです。
といっても、スピーチ自体の内容について、ではなく、国別の記事の取りあげ方についてです。
まず、日本、というか日本語記事のThe Huffington Post。
スピーチの内容には一切触れておらず、ビデオもありません。
けど、原稿のメモや英語の発音について言及しています。
一方、その元ネタとなった、The Wall Street Journal Japan。
英語の記事全文にビデオまであり、発音等については特になにも書いてません。
(流し読みした程度なので、書いているのかもしれないです。)
で、自分はFacebookに上がっていた日本語の記事を先に読みました。
そのときは、「相手の国の言葉を使ってのスピーチがどれだけ大変かわかっていないのか!?」と、原稿のメモを取り上げた他国の記者の視点がおかしいのでは思いました。
けど、元記事を読むと、話が違うことに気づきました。
「原稿の写真」はたしかに取りあげられていたものの、日本側の記者が「原稿のメモ」の部分のみに着目して記事を書いた、という感覚でした。(個人的な感想で読み違えなら、ごめんなさい。)
このように、日本の記事では主に「ふるまい」が、海外では「内容」が取りあげられた印象です。
もちろん、スピーチで棒読み、間違いだらけだったら、ニュースになってもおかしくないですが、ビデオの一部を見た感じでは、批判されるほどのスピーチではなかったのでは、と思います。
なのに、「内容」に関する記述はなく、「ふるまい」にしかフォーカスがいっていない。
そして異なる日本語記事の時事ドットコムでも、「内容」ではなく、米国の議員に「どういう感想を持たれたのか」が書かれていて、スピーチの内容については触れてないです。
(感想の中にスピーチの一部が含まれていても、それはあくまで感想だとみなしてます。)
個人的には、「ニュース記事」ならば、まずどういうスピーチの内容だったのか概要を示して、その後他の人の感想を事実として述べたほうがいいのではないか、と思います。
けど、記事を書く側の身を想えば、今の読者は、内容自体より、簡潔な文章で少し煽る感じの記事のほうがウケるから、と考えたようにも思えます。
実際、こうして少しでも多くの人の注目を浴びる結果となったことは、注目されないよりは良いことだと思います。
で、この記事の違いを比べたら、結局日本人は「どう見える/見られるか」が重要なんだなと。
極論を言えば、このTED Talkみたいに、内容がなくても、
・流暢な英語で、原稿を見ずに、それっぽく話している
と「すごい人」なんだろうなと。
(これでうさんくさい商売すれば、ある程度稼いでいけそうですね苦笑)
話は変わりますが、自分も昨日のプレゼンで、「自分のプレゼンがどう見えるか」ということを無意識の内に考えてた気がします。
でも、プレゼンを上手くみせるよりも(見せ方ももちろん重要ですが)、自分の意見をしっかりと持っているということが重要だと思いました。
「(自分の意見が)どう見える/見られるか」ということから、「自分の意見をいかにアピールするか」という意識に変えることが日本人にとっての大きな一歩なのかなと思いました。
そのためにも、記事の書き方が少しづつ変わり、Facebookでも議論される意見のベクトルが少しづつ変わっていったらなぁ、と思った今日この頃でした。
相変わらずまとまりのない文章ですが、このへんで。
来月は日本からの更新になりそうです。
といっても、テスト勉強から逃げたいだけな気もしますが…苦笑。
とはいえ、昨日研究発表を終えたので、良しとしましょう。
さて、最近Facebookに上がった安倍首相のスピーチについてです。
といっても、スピーチ自体の内容について、ではなく、国別の記事の取りあげ方についてです。
まず、日本、というか日本語記事のThe Huffington Post。
スピーチの内容には一切触れておらず、ビデオもありません。
けど、原稿のメモや英語の発音について言及しています。
一方、その元ネタとなった、The Wall Street Journal Japan。
英語の記事全文にビデオまであり、発音等については特になにも書いてません。
(流し読みした程度なので、書いているのかもしれないです。)
で、自分はFacebookに上がっていた日本語の記事を先に読みました。
そのときは、「相手の国の言葉を使ってのスピーチがどれだけ大変かわかっていないのか!?」と、原稿のメモを取り上げた他国の記者の視点がおかしいのでは思いました。
けど、元記事を読むと、話が違うことに気づきました。
「原稿の写真」はたしかに取りあげられていたものの、日本側の記者が「原稿のメモ」の部分のみに着目して記事を書いた、という感覚でした。(個人的な感想で読み違えなら、ごめんなさい。)
このように、日本の記事では主に「ふるまい」が、海外では「内容」が取りあげられた印象です。
もちろん、スピーチで棒読み、間違いだらけだったら、ニュースになってもおかしくないですが、ビデオの一部を見た感じでは、批判されるほどのスピーチではなかったのでは、と思います。
なのに、「内容」に関する記述はなく、「ふるまい」にしかフォーカスがいっていない。
そして異なる日本語記事の時事ドットコムでも、「内容」ではなく、米国の議員に「どういう感想を持たれたのか」が書かれていて、スピーチの内容については触れてないです。
(感想の中にスピーチの一部が含まれていても、それはあくまで感想だとみなしてます。)
個人的には、「ニュース記事」ならば、まずどういうスピーチの内容だったのか概要を示して、その後他の人の感想を事実として述べたほうがいいのではないか、と思います。
けど、記事を書く側の身を想えば、今の読者は、内容自体より、簡潔な文章で少し煽る感じの記事のほうがウケるから、と考えたようにも思えます。
実際、こうして少しでも多くの人の注目を浴びる結果となったことは、注目されないよりは良いことだと思います。
で、この記事の違いを比べたら、結局日本人は「どう見える/見られるか」が重要なんだなと。
極論を言えば、このTED Talkみたいに、内容がなくても、
・流暢な英語で、原稿を見ずに、それっぽく話している
と「すごい人」なんだろうなと。
(
話は変わりますが、自分も昨日のプレゼンで、「自分のプレゼンがどう見えるか」ということを無意識の内に考えてた気がします。
でも、プレゼンを上手くみせるよりも(見せ方ももちろん重要ですが)、自分の意見をしっかりと持っているということが重要だと思いました。
「(自分の意見が)どう見える/見られるか」ということから、「自分の意見をいかにアピールするか」という意識に変えることが日本人にとっての大きな一歩なのかなと思いました。
そのためにも、記事の書き方が少しづつ変わり、Facebookでも議論される意見のベクトルが少しづつ変わっていったらなぁ、と思った今日この頃でした。
相変わらずまとまりのない文章ですが、このへんで。
来月は日本からの更新になりそうです。
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