毎月更新の目標が、1ヵ月遅れになってしまった今日この頃です。
タイトルにも書きましたが、最近、こつこつ「やること」の重要性と毎日少しづつでも成長していることに「気付く」重要性を実感しています。
・やることの重要性
やること、特に始めることの重要性は、よく語られていて、本も読んだりしたのですが、実のところ、あまり実感してなかったのかなと。
学部の卒業研究のときとか、「誰かが似たようなことをやっているから」とか「企業ほど上手くできないから」とかよく言って、手を動かすことをためらっていた覚えがあります。
結局、今振り返ってみると、正面向いて研究する気が無かったのかな、と。
または、研究するというベクトルを勘違いしていた気がします。
そんな経験をふまえて、今思うのは、「守・破・離」の感覚がすごく重要だな、ということです。
元の研究室にいた頭の良い人や今の研究室にいる同期は、素でこれができている気がします。
学部次の自分の場合、なんというか、口だけ「破」を目指していた気がします。
頭のいい、優等生と呼ばれた友人は、素直に「守・破・離」を順に守っている人だと思います。
先輩の研究等をしっかりと確認し、できていないところをしっかりと埋めていく感じです。
これは、普通の人にはできないことなので、十分すごい能力だと思います。
しかし、「すごく」頭の良かった先輩は、「破」の部分、つまり自分のアイディアありきで、「守」もきちんとふまえていた気がします。
自分はこの「守」、つまり基礎の部分ができてなかったんだな、と今痛切に感じています苦笑。
そう、自分のアイディアだけ突き通そうとして、これまでの人のアイディアを無視していた感じです。
基礎がなかったため、どうすればいいのかわからなくて迷走し、また違うアイディアを考えては迷走するという繰り返しでした。
今の自分もできているかはわかりませんが、自分の意識の上では、「破」の部分を意識しつつ、「守」の部分を固めている感覚です。
そして、「守」の部分を固めようとしていると、いろいろできていない部分があるんだな、とわかり、自分のアイディアで少しづつ埋めていく、という作業を繰り返しています。
・気付くことの重要性
そして、昔は復習することが大嫌いだったので苦笑、得られた成果のみに執着してた気がします。
なので、「少しづつ」でもアイディアの実現に近づくという感覚の大切さに気づきませんでした。
結局、目に見えて他人から褒められる成果が得られないと納得しない子供の自分がいました。
でも、研究のように、自分のアイディアを実現するのは、他人から褒められるより、むしろ非難され続けたとしても、少しづつ前に進め、結果を示して実現していくしかないんだな、と感じています。
そのため、イチローさんとかの発言にもありますが、自分自身が、日々少しづつ成長している感覚ってすごく重要かな、と。他人は褒めてくれることはないので、自分で褒めてあげる感覚笑。
急にすごいことができるようになることは、まずありえないので、少しづつできるようになった自分に「気付く」ことがやることを継続する上でも重要だな、と思うわけです。
結局、人ができることであっても、自分ができていなければ、できるようになったとはいわないので、
少しづつやるべきことをやり、成長している自分に気づいてあげて、継続していきたい
と思った今日この頃でした。
もうすぐ5月なので、今度はがんばって更新します!