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2016年9月26日月曜日

3月の…

前回の3月の更新から、もう早くも半年が経って秋学期とは…。驚きです。

友人がCMUから来たの、半年前だったっけ!?むしろ、もっと前だったような…。
というか、彼とは、その後日本でばったり会ったりしてるから、感覚が微妙なのかも…。
まあいいや。今度はPurdueからも友人が来るし、楽しみです。


夏休みは、学会でのポスター発表@ディズニーといろいろあったような。

SFでのミーティングついでに、初めて丘の上の加速器見せてもらって。

そして、高校の同窓会。みんな、変わらない笑。パパママになってたりするけど。
知り合いがみんな来なくて、ひとりぼっちも覚悟してたけど、ひさしぶりに
会えた友人もたくさんいて、行ってよかったなと。

あと、日本に帰ったときには、Bumpとか他の歌手の新しい曲も手に入れて。
(ライブに行きたかった…。)


最近は、そのBumpの「ファイター」と次の新曲「アンサー」がop/edに用いられるということで、
「3月のライオン」をKindleで読み始めました。
(「ファイター」のCD付10巻は、実はもってるけどね。)

現在5巻まで読みましたが、3姉妹+猫ののほほんとした感じも好きですが、
chapter 41で島田さんに惚れました笑。


で、新学期が始まって早1ヵ月が過ぎました。
広島優勝!の勢いに乗ってか、授業と研究はそこそこうまくいってると思うものの、
なんかもやもやしていて…。

言語化すること自体は苦手なものの(※1)、言語化することのメリットは、
自分の視点を相手に伝え、かつ他の人の視点を取り入れること(※2)に役立つと、
最近論文を書いていたり、ミーティングで感じたので、少しは書いておこうかと。

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(※1)
「3月のライオン」のchapter 37で桐山くんが「気持ち悪い」という言葉の具体化に詰まるシーンが、
なんとなくわかるというか…(もちろん、桐山くんほど頭の回転が速いわけではないです苦笑)。

人それぞれだと思いますが、自分の場合、人との話であっても、なんとなくイメージから入ります。
(言葉から入る感覚があまりないのかも…。)

例えば、ロボットの運動を考えるとき、自分の場合、基本的に頭の中でシミュレーションします。
そのイメージに合わせるように、数学という「言葉」を当てはめるにはどうすればよいかと
考えたりします。

逆に、数学という言語に、自分が知っている範囲という制約があるから、
イメージを狭めて具体化する、といったこともあり、言語化って重要ですね苦笑。

なので、個人的にはイメージが共有できていれば、言葉は最低限でいいかなと思ったり。
(「陳腐です」とか言われそうですが苦笑)。

(※2)
「3月のライオン」のchapter 39で島田さんが「視点の感覚を掴める気がする」というシーン。
最近、同じプロジェクトで研究をしている先輩と1hくらい議論していたら、目指す方向は同じでも、
アプローチが違うことに面白さを感じていて。

研究という一視点だけですが、同じ方向を見ていても考え方が異なるということは、
普段の考え方や視点は人それぞれ違って当然である、ということをあらためて実感してます。

日本にいると、みんなに(慣習に)合わせることが当たり前、という(暗黙の)価値観が強いですが、
米国に住んでいると、他人の(自分の)考えを尊重することが重要かな、とも感じてます。
(アメリカナイズされているとか言われるんですかね苦笑。)

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1、2年目は、研究の結果がでなかったり、授業についていくのが精一杯だったり、
進級試験とかいろいろあって、学業に可能な限り集中しようとしていた気がします。

けど、今はとりあえず研究の成果は出始めたし、授業にも慣れてきたので、
心に余裕ができ始めてもやもやしてるのかなぁ、と感じたりしています。

なので、

「プライベートと仕事・研究の時間をしっかりわけて集中する」

ということを意識して、平日は研究と勉強以外のことを考えないように心掛けたいと思います。

そして、休日はプライベート(一人暮らしをするためのスキルの向上!とか遊びの計画)に
時間を割くようにしたいと思います。

冬休みに、広島の優勝を記念して、広島行ったり、九大の広島ファンの先輩ともつ鍋を
食べに行くプランを計画したりしないといけないしね!


さて、毎月の振り返りのために、またブログを書きますかね。

ただ、ブログの引っ越し先を見つけたので、もうここでは更新しません。
ネット上のどこかに、半年に一度くらいでブログの簡単なまとめはあがるかと思います。


ではでは、またどこかで。

2015年2月1日日曜日

思考と身体の速度の違い

というわけで、およそ一か月ぶりの更新です!
先輩が使っていた言葉ですが、なかなか「粘られた」1月でした笑。


日本から戻ってきて進級試験の勉強を開始し、中旬に終わりました。

結果は…、まあ…、同期達との差が浮き彫りになる結果でした(泣)。
ただ、自分は日本に戻っていたこともあって、10日間の準備の割にはがんばったのではないかと。

次のときには、しっかりと準備してがんばりたいと思います!


そして、試験の後は、すぐに研究&授業生活が始まりました。

始めのうちは、研究が上手く行かず、というかメンターとの意思疎通がうまくいかず大変でした…。
(専門用語わからないし、英語話すの早いし苦笑。)
しかも、チームにいる他の学生もネイティブなので、なかなか輪に溶け込めず、ラボに行くのが若干億劫になりかけてました…。
でも、言葉が全て通じることはなくとも、その場にいて話を聞く、話をすることが大切だと思い、徐々に自分から話すようにしています。
すると、自分の心のあり方が変わったのか、不思議なことに、少し親しくなった気がしている今日この頃です。いやー、親日家の多いメンバーでよかった!



はてさて、タイトルの話ですね。

最近、鴻上さんの「孤独と不安のレッスン」という本を読みなおしています。
そこででてきて印象的だったのが、「頭と体の速さは違うことを理解する」ということ。

頭ではわかっているつもりでも体がついてこないという経験、みなさんあると思います。

スラダンだと桜木のシュートイメージと実際にビデオに映った姿がかけ離れている感じですね。(読んでない人、分からない例えでごめんなさい。)

上の例とは別の観点から、もう一点、「頭と体の速さは違う」と上述の進級試験の勉強をしていて思ったことがあります。
それは、わかっている(思考としては理解している)けど、問題が解けない(ある意味、身体がついていかない)というパターン。

試験勉強中は、頭では分かっているはずなのに、なんで問題が解けないの!?という感じで、焦りや不安を冗長させていたのかと思います。

そこで、上述の本を読んで納得したのが、「頭と体の速さは違う」んだと。
頭では「自分はできるはず」と思っていても、身体は容易にはついてこないんですよね。
特に、勉強とか、頭で考えるものだと「思考(想像、妄想!?)=身体(実際に考えられること)」と勘違いしやすい気がします。

そして、受験生のときの自分は、「わかっているから、解ける」と思っていたのだと反省しました。
「わかっていなくても解ける(解答を丸暗記する)」のは受験時には有効ですが、理想はやっぱり「わかっていて、解ける(思考と身体が一致している)」状態がベストかと。

だからこそ、「思考と身体の速さは違うことを理解」することで短期間で成果がすぐに出なくて当然と思い、焦ったり不安になって手がつかなくなったり投げ出したりすることなく、着実に努力することが結局は成功への一番の近道なんだと痛感しました。
(痛感したのが、試験には遅すぎて結果に反映されてませんが…泣)

実際、元の研究室の同期とか、今の同期を見ていても、成果を出している人はそれなりの努力をしていて、「才能」という言葉で片付けるのは雑すぎる気がします。
(もし「才能」という言葉を使うなら、「努力する才能が同期達にはある」という感じでしょうか。)
日本では、泥臭く真面目にやることよりも、適当に手を抜きつつ良い成績を取ることがすごいことと思われますが、実際は真面目にできる才能こそほめるべきかと思います。


研究とか授業で、不安になって集中力散漫になったり、手がつかなくなったり投げ出したりすることなく、着実に努力することを心がけていきたいと思います。

というわけで、なにか書き忘れているような気もするけど、今月もこのへんで。
最後に、思考と身体とのギャップを埋める上でどうすればよいか、”リアル”の10巻の白鳥の言葉が個人的には分かりやすかったので、引用して締めたいと思います。


「何もできない存在としての自分

 どうすべきか知ってる

 口を閉じて、ただ脚を…
 じゃねえ、腕を動かせ!

 いつか必ずやってくる…
 「できるようになる」瞬間まで」

2014年5月1日木曜日

本のリズム

ひさしぶりの投稿です!

以前まで、どんな文体で書いていたかを忘れてしまったので、その辺は適当にw

これからは、渡独時と同様に、月1程度で更新できるようがんばります!!

前回の投稿日からだと、修論を終えたり、留学が決まったりと、今のうちに備忘録的に書きたいことは色々あったりするんだけど、今回は本についてです。


というのも、最近本を読むことが多くなりまして。

2013年の3月末、当時修士2年になるころに、小野雅裕さんの英語プレゼン技法を見に行ったことがきっかけです。 (Youtubeにアップされてるみたいです。リンクはここ。面白い講義でしたので、興味があればぜひ。)

この講義に促されるまま、通学時に本(マンガを含む)を読む習慣をつけて、今に至るわけです。

振り返ると、活字嫌いだったのに、なんだかんだで結構読んだなぁと思って。


・浜村渚シリーズ

・推理小説系 (海堂尊、東野圭吾、綾辻行人、伊坂幸太郎(!?)…)

・西加奈子(特に、「きりこについて」と「漁港の肉子ちゃん」が好き)

・森博嗣 (S&Mシリーズの途中まで、「喜嶋先生の静かな世界」が好き)

・流行った作品(「永遠のゼロ」、「舟を編む」、「竜馬がゆく」…)

etc...


読んでて、思ったことは、「原著を読もう!」ということ。


訳本だと、訳者にも上手い・下手があったり、ジャンルによってももちろん難易度があるんだろうけど、いかんせん、読みづらい。

強烈に感じたのは、「ニューロ・マンサー」の訳本を読んでいたとき。もはや、途中でわけわからなくなってしまって断念…。現在読んでいるMASTER MINDの訳本も、若干置いていかれてるw

その一方で、「機械男」の原著は英語なのに、日本語訳がすごく読みやすかった!きっと、訳者が上手く文体をいじったんだと思う。

別に、本の書評をしたいのではなくて、読書をしていて、ようやく、作者毎に独特のリズムというか、個性があることがなんとなく最近わかってきたということなんですね。

人だと話しやすい・話しかけにくい人がいるように、本にも読みやすい・読みにくい著者があるんだと最近ようやくわかり始めてきたわけです。

そして、著者が本の中で言いたいことを汲み取るには、やはり原著で、その著者のリズムで読み取れるのが最も理解できるんじゃないかと思って。

日本語の「大丈夫」とか外国語で表そうとすると相当難しいはずで、その逆も同様だから、その微妙なニュアンスを埋めるところに、著者と異なる訳者の意図とかを挟むと説明が増えてリズムが悪く、読みづらくなったり。


というわけで、著者の意図を組むには、「原著を読もう!」と思ったわけです。
(ただ、英語の原著を辞書無で読むにはまだまだ実力がたりませんが…w)

そして、最近読んだ日本語が原著の本だと、個人的には、「舟を編む」のリズムが一番しっくりきてたような気がします。心情表現とかは、西加奈子さんの本が好きですね。


なんか、抽象的な話になりましたが、今日はこの辺で。

そういえば、前述の小野雅裕さんがつい先日、本を出しました(詳細はここ)。
早速購入したので、留学に向けてぜひ読んでみたいと思います!
(理系の人の文章なので、リズムが似ていて読みやすいことをひそかに期待していますw)


2013年5月4日土曜日

心を整える

最近いろいろと悩んでいた結果、AM 4:00くらいまで起きて、PM 12:00まで怠惰な生活を送っていて…。

で、なんでかなぁ…、と思い返してみると、おそらく心が休まってなかったんだと。

ドイツにいた1年間は、よくよく思い返してみると、すごく充実していた気がして。

それは、心が落ち着いていて、やりたいことを忠実にできていたからだと思います。


朝晩30分以上チャリをこぎ、無駄な飲み会に参加させられることなく、週末は一人旅行!

日本だったら、2番目とか3番目は人間関係上、かなり難しいかなと…。


しかも、携帯持ってないと心が休まらない場合もあるし…。
(自分がドイツにいるときは、基本的に「不携帯」電話でしたw)


なので、ドイツに行って、今改めて振り返ってみると、日本ってかなり窮屈な気がしますw

だから、改めて日本ではないところで住みたいと思うのかもね―。


注)ちなみに、日本は最高に便利で安全な国だと思います!
     電車で安心してスマホいじりながら、音楽聞いて寝られるのは、おそらく日本くらいかとw

   ただ、その几帳面さ(!?)が、住むのに窮屈さを生んでいる気がします。
   (なので、自分勝手ですが、個人的には海外で仕事して、オフだけ日本がベストw)


脱線しました。

というわけで、今日買ったのが長谷部の心を整えるという本。

ドイツ滞在の経験から、多々共感できるところがあったりで、今から楽しく読めそうです。

なんかビジネス本とかで「成功する男は…」よりも、エッセイものの方が為になる気がします。

高島彩の「聞く、笑う、ツナグ」もよかったです。
(ステマではなく、1レビューとして捉えてくださいw)


さて、人とは違う道を選んで、せっかく自分の好きなことができる環境にいるので、目一杯楽しみますか!!

やりたいことだけやりましょう。

2012年4月5日木曜日

うつくしい人

月1で更新する予定が、なんだかんだでまた間隔があいてしまった…。
でもまぁ、自分の性格的に、こんなもんかとw
いっそ1週間の行動計画に入れてしまったほうがいいのかも。


ともあれ、今日は海外とはほとんど関係ない話です↓。

ひさびさに推理小説ではない小説を読みました。
おそらく中学生のとき読んだ「ハリーポッターと賢者の石」以来ですw
2冊目の、秘密の部屋は9・(3/4)番線あたりの話で断念…。)

西加奈子著「うつくしい人」という小説です。
なんでこの本を選んだのかは、わかる人にはわかると思いますw


で、今回はなんで読めたのかと自問してみました。
大人になった(!?)からといえれば、それまでなんですけども…。

・以前の自分の流れであれば、物語の途中から活字に飽きて漫画に走る、
といったことが、幸い(!?)なことに、今はドイツにいるからできないから…泣

・単純に、日本語に飢えているからw

まあ、上の2点が理由の6割以上だと思いますw
もちろん、物語の内容も面白かったですよw)


そして、残りの何割かは、

・言葉では説明しにくい「気持ち」を、文章では表現できるんだ!と考えたから

だと思います。

中学・高校時代は、この「気持ち」の表現の遠回り具合(情景描写とか!?)に嫌気がさし、
もっとシンプルかつ曖昧さをもたない数式が好きだった覚えがあります笑。
でも、英語・国語の方が数学よりなぜか点数はよかったw)


一方、最近ドイツ人との会話に限らず、日本人の友達との会話でも、シンプルな言葉で話すほど、
自分の「気持ち」を上手く表現し切れていないなぁ、と思うことが多々あったりします。

自分の日本語が人並み以下の可能性は置いておいて、)
なんというか、一旦「気持ち」を言葉にすると、「気持ち」が発した言葉の「枠」にはめられてしまう
ような気がしてしまうんですよね。

もちろん、言葉にしなければ、考えをアウトプットできず、他人と会話することができないし、
頭の中のもやもやが整理されない、等々の問題が生じます。


そしたら、どうしたらいいのか。

きっと、自分のこの「気持ち」が芽生えた状況を、
自分のフィルター(そのときの自分の状況の捉え方・そのときの感情)を通して、
他人に伝えることができればいいんだと思います!!

それをするには会話では長すぎて飽きてしまう。
だから作家は、小説の文章で情景描写等を用いて、遠回しに表現することで、
自分の説明しにくい「気持ち」を表現しているんだと。


そして、こんな感じのことをぼーっと考えていたら、あるときの友達の会話を思い出しました。

”ダンスや音楽、絵画で自分の表現したいことを表現できる能力がうらやましい。”

…きっと、言葉では表せない、表現している人の「気持ち」を、
上手に伝えてくれる作品を芸術と呼ぶのかなぁ、とも考えたドイツでの秋でした。
っていっても、もうすぐ冬ですがw)

今回もまとまってませんが、このへんで。