2014年11月27日木曜日

外から入る日本人と内から入る欧米人


日本の大学院で学んだ経験と、ドイツでのインターン、そして今、米国の大学院で学んでいて、漠然と感じたことをまとめてみたいと思います。

以前、どこかの記事で似たようなことを読んだのですが、「日本人は外から入る」のに対して、「欧米人は内から入る」んですよね。


・日本では…

例えば、ビートたけしの「間抜けの構造」にも体験談が書かれていた覚えがあるのですが、日本では、先生から手取り足取り学ぶことはなく、技を盗むことが求められます。

つまり、まず「形」から入って、物事の「本質」にたどり着き、そこから自分のオリジナリティというか、盗んできた「技」との違いを見出す、「守・破・離」の構造があると思います(言葉の使い方が正しいかはわかりませんが…)。

日本の大学院も同じで、基本的に、「先輩の研究を見て学ぶ」、授業でも、「他の先生方の研究を見て学ぶ」ことが多かった気がします。

そして、そこから自分の興味を持った分野に対して知識を深めていく、というの日本の大学院の形態かと思います。

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脱線しますが、なので、やりたいことが定まらず、流れで日本の大学院に行くと、博士課程の先輩のお手伝いという単なる作業ゲー、知識を深めにくい環境にあるかと思います。
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そのため、知識は「言葉として残す」というより、形のない「技」として受け継いでいくことが日本人の性質のような気がします。


・対して、欧米では…

一方、「研究」そのものの発祥の地でもある欧米(厳密に、発祥というなら欧州だけかもですが…)では、日本と異なり、物事の「本質」から学びます。

物理とか、もうその学問の存在自体が、物事の「本質」から学ぶということの証明ですよね笑。現象(形)から入るなら、「なぜ」球が落下するのか、なんていう興味は持たないと思います。

つまり、まず従来の物事の「本質」から入って、新たな「形」を発見し、そこから新たな「本質」を見出すという構造があるような気がします。

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また脱線しますが、この本質というのを表現するには、他の人が読んでもわかるような言葉で表さなければいけなくて、言葉自体は生き物なので言葉にも限界があります。
(科学分野では、主に使われる「言葉」は、一般的には数学といわれるものになります。このあたりは、機会があれば、また別の記事で書きたいと思います。)
ただ、言葉は生き物なので、新たな言葉が創られたり、発見されたりします。
(日本語でも広辞苑の辞書の言葉が書き換えられるのと同じニュアンスです。「むかつく」とか笑。)
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まだ1年目なので、何か言えた身分ではないですが、米国の大学院も基本的に同じだと思っていて、まず「本質」、つまり今までの知識がどこまであるのかをしっかりと学びます。

現状までの「本質」をしっかりと理解した上で、未だわかっていない新しい「形」(現象)を発見する、というのが欧米の大学院の形態かなぁと思います。

その理由もあって、米国大学院の講義は、自分の過去の記事にも書いたように、しっかり(かなりハード)しているのだと思います。また、教授陣も「普遍的な科目(undergrad.の物理Ⅰ)」とかを教えられることが名誉なこととして捉えていることもあるようです。

そのため、知識を「言葉として受け継いでいく」ことが欧米人の性質のような気がします。


・日本と欧米の違いから…

この違いから、自分の意見としては、

-日本

利点:奇抜な発想が起こり得る(故加藤先生のように、二足歩行ロボットをいきなり創ったりする)

欠点:過去にすでにやられていることだったりして、せっかくの努力が重複してしまう

-欧米

利点:新しい発見を後の世代に引き継ぐことができる(新しい発見=各分野のノーベル賞クラス)

欠点:奇抜な発想が起こりにくい(過去の知識に基づいて考える)

という感じでしょうか。

上の構図を見ると、なんとなく、なぜ日本人がノーベル賞をとりにくいか、またSonyのwalk-manとか日本の発明品が多いかがわかるような気がしませんか!?(もちらん、双方例外はいるので、概論ですが…)

どちらの文化がいいということもなく、どちらの文化もあるからこそ、より発展していくのかなと思う今日この頃です。あとは、個々人がどちらのスタイルを好むかだけですね笑。

個人的には、頭でっかちなタイプなので、欧米型で米国大学院で勉強しているようなニュアンスです。

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またまた脱線しますが、これはかなり宗教観がはいってきてると思います。欧州では、神が世界を創ったから、そこには何かしらの法則がある、というように考えていたとか聞いた覚えもあります。
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あ、そして、なんとなくですが、米国は欧州の利点は維持しつつ、日本の利点も取り組んできているような気がします(特に工学分野)。


・最後に…

なんか思ったことをつらつらと書いていたら長文になってしまったので、この辺で。

単純にまとめるなら、人類の歴史において、日本は「名前を付けて保存」、欧米は「上書き保存」って感じなんですかね笑。

「慣れる」ことの大切さ


またまた、こちらで生活を始めて思ったことを書いておきたいと思います。

ただ、前回は大学の勉強中心(!?)でしたが、ちょっと趣向を変えて、思ったことをまとめてみました。


-電子資料(書籍)について-

こちらでの配布資料がすべてPDFであるのと、iPad miniを持ってきたことから、すべて電子ファイルで資料を読むようにするようにしました。

日本にいるときは、特に学部時代は、講義資料はほとんどプリント(ハードコピー)で行っていたので、結構慣れるのに苦戦しました。

なにがつらいかというと、ハードコピーだと先生の言っていることをそのまま資料に書き込めるのに対し、iPad上だと書き込めないんですよね…(たぶんいいアプリがあるんでしょうが、使ってなかったので)。

なので、プリントに記入する代わりに別途ノートに記述していると、後で見返したときにプリントのどこの場所のメモかがわからないことがあったり、また、一度に全てのスライド(ページ)を見られないときもあったりで、結構大変でした。

けど、今は「紙だと頭に入りやすい」という状態から、「どちらでも頭に入れられる」状態にできたかなぁと思います(だいぶアバウトな感覚ではありますが…)。

無駄な努力だったかなぁ、とも思ったこともありますが苦笑、将来、紙がなくなったときに焦らずに済むと思うと、まあ、やってよかったな、と思うこの頃です。


-英語について-

英語での日常会話だと、

(使用している言語)「英語」 → (頭の中:「英語」→「英語」) → (記憶する言語)「英語」

ということができている(気がする)ので、専門の授業もどうにかなるだろ!と高をくくっていたのですが、全く別物なんだと感じました。つまり、

(使用している言語)「英語」 → (頭の中:「英語」→「日本語」) → (記憶する言語)「日本語」

というプロセスを、専門の話では、未だに踏んでいて、これを日常会話と同じ上のプロセスに戻すことに苦労しました。

というのも、専門に関する知識が日本語で学んでいたため、初めのうちは上手くリンクできていなかったように思えます。日常会話では、上の「英語-英語」プロセスを踏んでいても、専門の勉強の頭の使い方は別だったんだなぁと実感している今日この頃です。


また、専門用語への慣れの少なさも大きく影響していた気がします。
良く知らない単語を見ると、個人的には、それだけで「なんか難しそう…」と思ってしまう感覚のことです笑。

そのため、日本語で習えば、頭にすんなり入るものの、英語を介していることで、理解に時間がかかる、もしくは、より「難しく捉えようとている」ということを、振り返ってみて感じました。

その点、こちらの英語が母国語の学生は、その感覚がない(はずな)ので、仮に同じくらい専門についての知識がある留学生だったとしても、授業の理解度には差が生じるのかな、と思いました。

今更ではありますが、留学をしていた先輩のみなさんが、英語をしっかり勉強してこいとおっしゃってたことを実感しました苦笑。


なお、前述の記事にも書いた通り、授業内容は非常にわかりやすいので、ちゃんと時間を取って復習してみると、「ああ、そういうことだったのか」と毎回のように思う毎日です苦笑。


-結論-

「慣れる」≒「だれる」って感じで、悪い意味で用いられたりもしますが、個人的に今回の経験からは、「慣れ」って大事だなと思いました。

海外大学院での生活について


8月下旬~9月の初めから、大学院での生活が本格的に始まりました。

なので、海外大学院での生活について書いていきたいと思います!


-授業について-

まず、授業について。

こちらの授業が大変だということは理解していたので、授業を何科目取るかが最初に決めるべきことでした。

一般的に1学期に3科目が限度で3科目取ると研究があまりできないと聞き、以下の2通り考えてみました。

①なるべく早めに必要単位数を確保するため、早いうちに多くの授業(3科目)を取る
②研究に、より多くの時間を割くため、授業数を減らす(2科目取る)

②のメリットとしては、研究を進めつつ、必要な授業だけを取ることができるものの、研究と同時進行で授業を受ける事を迫られることが挙げられるかと思います。

ただ、②にして、ゆっくり授業を取ろうとしようと、研究が忙しくなってきたころに、授業を取る必要に迫られる可能性があったので、結果的に、①にしました。

しかしながら、予想はしていたものの、想像以上に授業に時間を取られてしまい、研究がほとんど進んでいません…苦笑。

学期初めは、早めに授業で幅広い専門知識を得て、研究にアプライしよう!と思っていましたが、運が良いことに、早めにやりたい研究のプロジェクトに配属されたので、来学期以降をどうしようか、少し悩んでいます。

ともあれ、授業の内容はわかりやすく、いろいろな知識が身についているな、という実感もあり、早く研究に結び付けたいところです。


-周りの学生と自分-

・9, 10月頃の日記より

初めは、「さすがみんな合格してきているだけあって、超優秀な学生だ!自分は追いついていけるのか…」と不安に思っていたのですが、皆、それ相応の努力をしていることに気が付きました。

自分の場合、こちらの授業は大変だとは聞いていたものの、誕生日があったり、週末には日本から訪ねてきてくれる人がいたり、ソフトボールチームに参加したりしていたりと、最初から出遅れていたのだなと気付きました…苦笑。

「日本から訪ねてきてくれる友人がいるから…」、という理由で勉強をしない理由を作り、「周りが優秀だから…」、という口実で周りに追いつけていない自分を正当化していたように感じます。

この点については、自分のお誘いを断りにくい性格上、日本にいると、上述の勉強しない理由をよく作ってしまいがちだった気がするのですが、幸い、米国では日本のような「お付き合い」の概念がないので、10月以降は、しっかり反省して、出来る限りの時間を勉強と研究にまわすよう努めました。


・11月の感想

ただ、「まずは質より量だろ!」と思って、人より多くの時間を勉強に費やしていたのですが、あまり差が埋まっていないことに気付きました。

たぶんですが、周りの学生は、非常に要領よく勉強を行えているのに対し、自分はあまり要領が得られていないのかと。(この記事がよく書かれていると思います:https://ablogg.jp/review/1859/)

というのも、日本にいるときには、「日本語」の授業で、しかも友人とわからない箇所を相談できて、毎回の授業に関して疑問点を放置していることはなかったような覚えがあります。

一方、こちらの授業では、他の授業の中間テストや宿題に追われ、復習が間に合わなかったり、相談できる友人が少なかったりと、常に後手に回っていたため、「授業で理解する」という基本ができていなかったんだと気付きました。

周りの学生が頭がいいので、「馬鹿に思われたらどうしよう!?」と思って背伸びしてもどうしようもないので、下手なプライドは持たず、自分の素の姿で、周りの学生とたくさん議論しようと思った11月の終わりでした。







ああ、中間テストの返却が怖すぎる…。

2014年11月10日月曜日

米国大学院のサマースクールについて

前回の渡米前の日記から早4ヵ月…。
少なくとも月一更新のはずが、こうも滞るとは…苦笑。

(提出しなきゃいけないレポートがあったりするので、)ついでに、8、9、10月分の日記を3回に分けて書いていこうと思います!


まず、7月の下旬から8月ですね。
もう最大のイベントといえば、当然、渡米です!

家探し&サマースクールへの参加、そして、8月初旬にはお世話になっている財団の交流会に参加してきました。

ちなみに、家は渡米前にある程度見込みを付けておくことをおすすめします…。
都合、3週間しかないサマースクールで3回も引っ越すことになりました…泣。

苦戦した家の見つけ方とかも、どこかで紹介できればと思います。


それで、話を戻し、まずはサマースクールについて。


-参加方法等-

サマースクール自体(授業登録方法等)については、いろいろ情報をまとめたいところですが、それは別に作成しているホームページに譲りたいと思います。
(現在、そちらのホームページも更新が滞っていますが…。)


-履修した授業、授業数等-

今回のサマースクールは、

 ①秋学期が始まるまでの生活環境を整える(家探し、現地のお店の確認等々)

 ②英語に慣れる(レベルアップの意味ではない)

の2点を目的として、先輩方の意見も聞きつつ、現在通っている大学のESL(English as a Second Language) classを取りました。

慣れる意味でも、外国語といえば、まずSpeakingだろうと思い、Speakingのクラスを2つ履修しました。②の観点で考えれば、3つ取ろうと思えば取れた気もしますが、①を考えると、2つで良かったと思います。


-クラスメイト-

まず驚いたのは、アジア人の数の多さでした。特に中国からの学生が異様に多い。
ミュンヘンでドイツ語を習っていた際は、南米人の多さに驚きましたが、今回はその驚きを上回りました。

最初の授業では、

・日本人   1名(自分)
・韓国人   2名
・ギリシャ人  1名
・中国人   その他多数(15名くらい)

でした。次のクラスでは日本人の割合が微増、ギリシャ人がイタリア人に変わっただけでした。
ですので、クラスメイトと仲良くして英語を伸ばすことはできません苦笑。

また、ほとんどの学生が学部2、3年生という感じで、遊びに来ているという学生もいました。
ただ、英語を学部生でありながら、しっかりと話せる学生が多かったのは印象的でした。


-授業内容等-

授業自体は、米国人の先生が行ってくれるので、ネイティブの英語を聞くことができました。

ただ、マンツーマンではないので、当然発言の文法ミスをその都度修正してくれる、といったことはないので、「とにかく話す!」ということが重要だと思います。
(なお、実際、日本での授業とは異なり(!?)、発言点が成績の大きな割合を占めます。)

内容は、文法等ではなく、米国人が使うスラングや米国での授業におけるディスカッションの進め方等、実用的な事を英語で学びました。

なので、英語のレベルの向上、という点ではあまり進歩がなかったですが、目的②の「英語に慣れる」という意味では、学術的ではないものの、日常的な英語を学べて、非常によかったと思います!


-最後に-

サマースクールに興味がある学部生の方がいたら、ぜひお伝えしたいのは、3週間のプログラムでは語学力は向上しませんということ。

なので、「米国のサマースクールに参加すれば英語が伸びる」と思って語学力の向上だけを目的に参加すると良い結果は得られないと思います。
(もちろん、本人の努力次第です!)

ただ、他国の優秀な学生に会えたり、異文化を体験し、刺激を受けて、視野を広げたい方には非常に良いプログラムだと思います!

2014年7月5日土曜日

W杯を観ながら…

現在、ドイツ対フランスの準々決勝を観ながら書いています。
ですので、多少文章が雑になっていると思います。


今月末より米国で留学するにあたり、渡独時と同様、また月一で更新していきたいと思います。
とすると、これが日本を発つ前の(おそらく)最後のブログですね。

で、W杯について(記憶にある範囲で)思い起こすことといえば…、


1998年(小学生):ジョホールバルで試合を観た!

 当時通っていたサッカーのクラブチームの監督がシンガポール代表のコーチか何かで、
 チケットを分けてもらい、観に行ったような。詳細は思い出せないけど、岡野と叫んでた覚え有。


2002年(中学生):サッカーの試合よりも、テーマソングの「Mugen」に夢中!
 
 日本にいなかったため、試合をあまり観られず。日本にいたかったー!


2006年(浪人時代):カンナバーロのイタリア優勝!

2010年(卒論時代):徹夜して観たスペイン対オランダ、延長でイニエスタ!


かなぁ。


ところで、今年は敗退した日本代表の本田に対して、バッシングがひどいみたいですね…[1]。
「負け犬の遠吠え」とか「口だけ」とか…。

サッカー選手だから批判されて当然、って書いている人は思うのかもしれません。
が、自分の場合、そういう批判をする前に「自分はその分の努力したのか」と思ったわけです。

ということで、4年間(ついでに目標を覚えてる範囲の+8年間)を振り返ってみようかと。


2002年時の目標:学院に合格・進学

 たしか、高校見学を終えて、学院に行きたいと考えていたような。
 大学までエスカレータだし、大学はロボットに強いって聞いてたからね。
 
 結局、学院には受かったものの、迷いに迷って附校に進学。
 4年間の目標ではないけど、一応目標達成。


2006年時の目標:東工大に合格・進学 & 志望する研究室に配属される事

 浪人時代。相変わらずロボットの研究がしたくて、そこを軸に大学選択。
 故加藤一郎先生がいた大学かいろいろなロボットを研究している広瀬先生の大学かと
 思いつつ、前者しか受からなかったので、前者に進学。

 で、研究室配属で、また2つの研究室で迷いに迷ったけど、志望する研究室に無事配属。

 当時、受験は失敗としか思わなかったけど、今振り返ると目標は達成してるなぁと思える笑。

 
2010年時の目標:米国大学院に合格・進学

 2011年に米国に行く予定がドイツになっていたり、日本の修士課程を終えたり、
 いろいろあったけど、今年無事目標達成!

 今だからだろうけど、この4年間が今までで一番目標を意識して動いた4年間だと思う。
 ある意味、ドイツ行ったのも、この目標につなげるためでもあるし。


と振り返ってみると、軸自体はぶれてないけど、細かな部分でよく迷ってるよね、自分w

あと、文面だけみると、比較的成功している(!?)ようだけど、書かれてない面(恋愛とかw!?)では、
失敗だらけだなぁ、と苦笑。

まあ、なにを意識して動くかですよね!てなわけで、2014年、これからの4年間の目標は、


Ph.D取得を大きな目標の軸として、・好成績維持・RA獲得・研究業績を挙げる


ととりあえず大まかに設定したいと思います!!


さてさて、次の2018年のロシアW杯は米国で観ているんですかね!?
2018年の自分も期待しています!!

ではでは。


参考

[1]grape, http://grapee.jp/5768

2014年5月11日日曜日

高校生や大学生(1,2年生くらい!?)の感想文の見栄えをよくするには…

このあいだ、とある大学生の感想文を添削していたときに思ったことを、備忘録的に書いておきたいと思います。
 
というわけで、「りんご」について書かれた本を読んだ感想文として、ありがちな文章と修正した文章を簡単に書いてみます(内容については適当に書いていますのであしからず)。

まずは、ありがちな文章から。

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この本は、りんごについて書かれていました。

りんごにはたくさん品種があることがわかりました。私は「○○」を食べたことがあるので、次は「××」を食べたいです。→「りんご」の品種について

りんごは甘かったり、すっぱかったりすることがあることがわかりました。甘いりんごを食べたいです。→「りんご」の味について

これから、私は真っ赤で瑞々しいリンゴを探したいと思います。→「りんご」の見た目について

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上述のように、本の内容である「りんご」について書かれているものの、ひとつひとつの段落が違った観点になっています。(各段落が本の各章について書かれている感じですね。)


 これを、「りんご」の味に注目して、全体の文章を書いてみます。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

この本は、りんごについて書かれていました。

りんごにはたくさん品種があることがわかりました。その中で、私は「○○」を食べたことがあります。食べた「○○」はすっぱかったので、りんごは嫌いだったのですが、甘いりんごがあることがこの本でわかりました。なので、今後はいろいろな品種を試しつつおいしいりんごを見つけたいと思います。

特に、真っ赤で瑞々しいりんごはおいしいりんごだと思うので、見た目を重視して選びたいと思います。また、自分と同じように、すっぱいりんごを食べて嫌いになった人もいると思います。そのためにも、おいしいりんご探しに精を出したいと思います。

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読んで違いがわかりましたか?(上手く違いについて書けていなかったら、すみません…。)

後者は、前者と違い、リンゴの味に注目して書いた結果、全体的な色の割合が緑で、文の最初である導入部分あたりに黄色や水色がある程度です。

このように、部分部分には異なる色(内容)があっても、大きく見たときに、色(内容)が統一されていないと単純な情報の羅列なので、人の頭には入りません。


「どうすればよくなるか?」というと、本からの単純な引用をやめましょう。

本と同じ内容を書けば、スペースはすぐに埋まるものの、情報しかなくなります(=色が違う段落が増えるだけ)。

一般的に、感想文に求められることは、本の「要約」ではなくて、本を読んで「何を考えたか」です。

なので、例えば、「~という言葉が印象的でした。」だけで終わらせずに、「~という言葉が印象的でした。なぜなら、~と思うからです。」のように理由を加える等のことをしましょう。

添削したときは、細かくコメントしたのですが、一般的なところだとこんなところでしょうか。

てなわけで、簡単ですが、このへんで。

2014年5月1日木曜日

本のリズム

ひさしぶりの投稿です!

以前まで、どんな文体で書いていたかを忘れてしまったので、その辺は適当にw

これからは、渡独時と同様に、月1程度で更新できるようがんばります!!

前回の投稿日からだと、修論を終えたり、留学が決まったりと、今のうちに備忘録的に書きたいことは色々あったりするんだけど、今回は本についてです。


というのも、最近本を読むことが多くなりまして。

2013年の3月末、当時修士2年になるころに、小野雅裕さんの英語プレゼン技法を見に行ったことがきっかけです。 (Youtubeにアップされてるみたいです。リンクはここ。面白い講義でしたので、興味があればぜひ。)

この講義に促されるまま、通学時に本(マンガを含む)を読む習慣をつけて、今に至るわけです。

振り返ると、活字嫌いだったのに、なんだかんだで結構読んだなぁと思って。


・浜村渚シリーズ

・推理小説系 (海堂尊、東野圭吾、綾辻行人、伊坂幸太郎(!?)…)

・西加奈子(特に、「きりこについて」と「漁港の肉子ちゃん」が好き)

・森博嗣 (S&Mシリーズの途中まで、「喜嶋先生の静かな世界」が好き)

・流行った作品(「永遠のゼロ」、「舟を編む」、「竜馬がゆく」…)

etc...


読んでて、思ったことは、「原著を読もう!」ということ。


訳本だと、訳者にも上手い・下手があったり、ジャンルによってももちろん難易度があるんだろうけど、いかんせん、読みづらい。

強烈に感じたのは、「ニューロ・マンサー」の訳本を読んでいたとき。もはや、途中でわけわからなくなってしまって断念…。現在読んでいるMASTER MINDの訳本も、若干置いていかれてるw

その一方で、「機械男」の原著は英語なのに、日本語訳がすごく読みやすかった!きっと、訳者が上手く文体をいじったんだと思う。

別に、本の書評をしたいのではなくて、読書をしていて、ようやく、作者毎に独特のリズムというか、個性があることがなんとなく最近わかってきたということなんですね。

人だと話しやすい・話しかけにくい人がいるように、本にも読みやすい・読みにくい著者があるんだと最近ようやくわかり始めてきたわけです。

そして、著者が本の中で言いたいことを汲み取るには、やはり原著で、その著者のリズムで読み取れるのが最も理解できるんじゃないかと思って。

日本語の「大丈夫」とか外国語で表そうとすると相当難しいはずで、その逆も同様だから、その微妙なニュアンスを埋めるところに、著者と異なる訳者の意図とかを挟むと説明が増えてリズムが悪く、読みづらくなったり。


というわけで、著者の意図を組むには、「原著を読もう!」と思ったわけです。
(ただ、英語の原著を辞書無で読むにはまだまだ実力がたりませんが…w)

そして、最近読んだ日本語が原著の本だと、個人的には、「舟を編む」のリズムが一番しっくりきてたような気がします。心情表現とかは、西加奈子さんの本が好きですね。


なんか、抽象的な話になりましたが、今日はこの辺で。

そういえば、前述の小野雅裕さんがつい先日、本を出しました(詳細はここ)。
早速購入したので、留学に向けてぜひ読んでみたいと思います!
(理系の人の文章なので、リズムが似ていて読みやすいことをひそかに期待していますw)