2016年9月26日月曜日

3月の…

前回の3月の更新から、もう早くも半年が経って秋学期とは…。驚きです。

友人がCMUから来たの、半年前だったっけ!?むしろ、もっと前だったような…。
というか、彼とは、その後日本でばったり会ったりしてるから、感覚が微妙なのかも…。
まあいいや。今度はPurdueからも友人が来るし、楽しみです。


夏休みは、学会でのポスター発表@ディズニーといろいろあったような。

SFでのミーティングついでに、初めて丘の上の加速器見せてもらって。

そして、高校の同窓会。みんな、変わらない笑。パパママになってたりするけど。
知り合いがみんな来なくて、ひとりぼっちも覚悟してたけど、ひさしぶりに
会えた友人もたくさんいて、行ってよかったなと。

あと、日本に帰ったときには、Bumpとか他の歌手の新しい曲も手に入れて。
(ライブに行きたかった…。)


最近は、そのBumpの「ファイター」と次の新曲「アンサー」がop/edに用いられるということで、
「3月のライオン」をKindleで読み始めました。
(「ファイター」のCD付10巻は、実はもってるけどね。)

現在5巻まで読みましたが、3姉妹+猫ののほほんとした感じも好きですが、
chapter 41で島田さんに惚れました笑。


で、新学期が始まって早1ヵ月が過ぎました。
広島優勝!の勢いに乗ってか、授業と研究はそこそこうまくいってると思うものの、
なんかもやもやしていて…。

言語化すること自体は苦手なものの(※1)、言語化することのメリットは、
自分の視点を相手に伝え、かつ他の人の視点を取り入れること(※2)に役立つと、
最近論文を書いていたり、ミーティングで感じたので、少しは書いておこうかと。

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(※1)
「3月のライオン」のchapter 37で桐山くんが「気持ち悪い」という言葉の具体化に詰まるシーンが、
なんとなくわかるというか…(もちろん、桐山くんほど頭の回転が速いわけではないです苦笑)。

人それぞれだと思いますが、自分の場合、人との話であっても、なんとなくイメージから入ります。
(言葉から入る感覚があまりないのかも…。)

例えば、ロボットの運動を考えるとき、自分の場合、基本的に頭の中でシミュレーションします。
そのイメージに合わせるように、数学という「言葉」を当てはめるにはどうすればよいかと
考えたりします。

逆に、数学という言語に、自分が知っている範囲という制約があるから、
イメージを狭めて具体化する、といったこともあり、言語化って重要ですね苦笑。

なので、個人的にはイメージが共有できていれば、言葉は最低限でいいかなと思ったり。
(「陳腐です」とか言われそうですが苦笑)。

(※2)
「3月のライオン」のchapter 39で島田さんが「視点の感覚を掴める気がする」というシーン。
最近、同じプロジェクトで研究をしている先輩と1hくらい議論していたら、目指す方向は同じでも、
アプローチが違うことに面白さを感じていて。

研究という一視点だけですが、同じ方向を見ていても考え方が異なるということは、
普段の考え方や視点は人それぞれ違って当然である、ということをあらためて実感してます。

日本にいると、みんなに(慣習に)合わせることが当たり前、という(暗黙の)価値観が強いですが、
米国に住んでいると、他人の(自分の)考えを尊重することが重要かな、とも感じてます。
(アメリカナイズされているとか言われるんですかね苦笑。)

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1、2年目は、研究の結果がでなかったり、授業についていくのが精一杯だったり、
進級試験とかいろいろあって、学業に可能な限り集中しようとしていた気がします。

けど、今はとりあえず研究の成果は出始めたし、授業にも慣れてきたので、
心に余裕ができ始めてもやもやしてるのかなぁ、と感じたりしています。

なので、

「プライベートと仕事・研究の時間をしっかりわけて集中する」

ということを意識して、平日は研究と勉強以外のことを考えないように心掛けたいと思います。

そして、休日はプライベート(一人暮らしをするためのスキルの向上!とか遊びの計画)に
時間を割くようにしたいと思います。

冬休みに、広島の優勝を記念して、広島行ったり、九大の広島ファンの先輩ともつ鍋を
食べに行くプランを計画したりしないといけないしね!


さて、毎月の振り返りのために、またブログを書きますかね。

ただ、ブログの引っ越し先を見つけたので、もうここでは更新しません。
ネット上のどこかに、半年に一度くらいでブログの簡単なまとめはあがるかと思います。


ではでは、またどこかで。

2016年3月25日金曜日

Last Love Letter

あっという間なようで、振り返ってみるとなかなか長い1ヵ月。
今回も無事毎月更新という目標達成!


大学が一週間の春休みということで、ブログを更新してみました。
ちなみに、米国の大学はどこもこの時期に春休みがあるみたいで、
CMUの友人がバークレーに来てくれたりしました。

日本は、SNSを見たところ、卒業式シーズンみたいですね。
恩師の退官式も先日無事盛会に終えられたようで。

この時期になると、研究室の謝恩会等がなんとなくなつかしくなります。
学部の際は、大地震で卒業式自体なくなってしまって、慌てて渡独したり、
その次の年は間に合うように欧州から帰国したりと、なつかしい思い出です。
(先日のテロで、今の代が欧州から帰国できるのか、そして次の代が渡航できるか心配ですが…)


で、この春休みは、冬休みに日本で時間を取れなかったので、日本に再度帰る予定で、
2月くらいまで帰ろうかなとも考えてたものの、帰ってももうどうしようもないし
面倒になるだけと気づいたので、結局いつもと変わらず大学に通う日々です苦笑。
普段と違うのは、授業がない分、寝坊が許されるところですね笑。

今回は、その寝坊の一因である、アニメと小説について少し書こうかと。


アニメは、研究室の先輩で、趣味の合うイギリス人とWorkshopに行っていたときに、
「攻殻機動隊」と「Cowboy Bebop」に影響されたと聞いて、まだ観たことのない
「Cowboy Bebop」を観ているわけです。(攻殻のARISEも観ないとですが…。)

若干ルパンのような感じもするけど笑、でも面白い!
ていうか、先輩が主人公に似ている笑。


また、小説については、少し前までは、青空文庫の小説等を読もうとしていたんですが、
沈んだ気持ちを戻すため、興味があってわくわくのできるSF小説に戻ってきました笑。
(留学していても、日本にいるときとたいして変わらないっていう苦笑。)

ちょうどWired.jpが人工知能に関する小説を紹介していたので、現在これを少しづつ読んでます。
海外の訳本は読みづらいという偏見があるので、日本人作家優先で読んでおり、半分にあたる

・アイの物語、デカルトの密室、know、気まぐれロボット

を読み終えて、感想としては、

「アイの物語」が一般向けの小説としては一番面白かったな、と思います。

次点では、「気まぐれロボット」ですね。ただ、自分は一度違う作品のショート・ショートを
読んだことがあったので、ちょっと既視感がありました。

攻殻機動隊が好きな方には「know」がおすすめです。
(SF知らないと、ちょっと設定がとっつきにくいかも。)

ロボット好きな方であれば「デカルトの密室」がおすすめです。
(視点がころころ変わって読みづらかったり、専門用語が若干多いかも。)


ちなみに、小説だけでなく、最近は、AlphaGoがプロ棋士に勝ったり、Natureに掲載されるなど、
自動運転も含めると、人工知能(ソフト面)はかなり注目されてきたような気がします。
(個人的には、人工知能でいえばAlphaGoより、これが一番興味深いニュースですが。)

トヨタがAI研究所を立ち上げ、humanoidのDARPA projectを立ち上げたG. Prattや
ルンバの生みの親であるR. Brooksをアドバイザで入れたりしてるので、
小説のレベルのロボットを作るにはまだまだ時間はかかるな、とも感じつつも、
10~20年以内には、かなり近いところまでいく気はしてます。
そのときも、今のやっていることを続けていて、ロボットの開発現場にいたいですね!

なので、今のうちに、自動運転車の保険とか法律を、他社に先んじて一足先に整えてしまうと、
お金になるんじゃないかな、とかひらめきましたが、すでに誰かがやってる気がしますね苦笑。


いろいろと脱線しました苦笑。

大雑把にまとめると、アニメとか小説を読んだ結果(寂しさを紛らわすためにも笑!?)、
やっぱり自分はわくわくできるものが必要なんだな、とあらためて感じた次第です。

現状、アメリカにいても日本と変わらないひきこもりの生活ですが苦笑、
入ってくる情報は圧倒的に日本の大学にいるときよりも多いので、
あと数年間、いい環境で一歩づつがんばりたいと思います!


さて、最後になりますが、本ブログを始めた当初の目的に戻そうと思うので、
ここでの更新はたぶん最後になるかと思います。
(といって、面倒くさがってここで更新してるかもですが…笑。)

というわけで、以前のブログに書いた最後の記事と同様、PV含め好きなchatmonchyの曲の
タイトルでした。今回はofficialでPVがアップされていたので、貼っておきます。
(にしても、youtubeに全曲のPVがアップされてるとかいい時代になったもんですね、
 アメリカでは観られないんだけど苦笑。)
PVのように、好きなことを続けられるように、諦めずに、今後もがんばります。


ではでは、またね。




2016年2月13日土曜日

理系くんの反省(追記)

無事、毎月更新達成!

まず、先月受けた進級試験(Prelim)の結果ですが、無事合格しました!!
1年間、ストレスフルな試験でした…。支えてくれたみなさま、ご心配をおかけしました。


ただ…それよりも、この3週間は大切な人との別れを経験して大変でした…。
ひきづっているものの、今はだいぶ戻ったので、ブログを書けますが苦笑。

当初は、ここまで情緒不安定になるんだ、というのを人生で初めて経験した気がします…。
授業受けてるのに急に泣きそうになったり、慰めてもらいながら泣きそうになったり…。
さらには、ストレス(!?)が原因で、アルコールに拒否反応(!?)が出たり…。
振り返ってみると、よく耐えたな、と笑えます(苦笑)。

でも、いろいろ考えたりして、今はようやく前を向けるようになった気がします!
それで、今後のために考えたことをまとめておこうかと。

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知人から、目標がある、「自分」がある人、とか言われたりもしますが、
結局それ以外を見なかった、見ないようにしてたからじゃないかな、と。

子供のころ、ロボットやものづくりが好きという理由で、大学も(学術ではなく世間的に)
ロボットで有名な先生がいるところを受験しました。
ただ大学では、ロボコンで準優勝した先輩やロボットで起業している人、
自分より研究成果を挙げている友人を見て、

 「ロボットやものづくりが好き」っていうけど、本当に好きなの?
 好きなら、すぐに行動に移して成果を出してるんじゃないの?

とか弱気なことを考えてしまうのに、頑固で、負けず嫌いなので、できるだけ
自分に厳しい言葉をかけて、当初の目標をあきらめないようにしてきたのかな、と。

特に、大学時代は周りがほぼ男子のため、弱さを見せないよう、人に頼るとか愚痴を
言わないように生きてきたのかも、と振り返って思いました。

「好きならできるはず!」と考えて、現在米国まで来て博士課程で研究をやるくらいには、
結構こじらせているな、と苦笑。

まあ、でも今読んでいる本に書かれているように、結構日本人マインドなところがあるので、
人と交わって仕事をして、評価をしてもらいやすい環境を無意識に選んだ気もします笑。

ただ、ずっと一緒にいる人になら、弱いところも見せるべきだし、素直になるべきなんだと、
むしろ、ありのままの自分を受け入れてくれる人と一緒にいるべきなんだな、と。
大学院での授業のストレスに加え、弱さを見せられずに八つ当たりしてしまったこと等を反省し、
今後は素直になれるようにがんばりましょう、自分。


また、前述のとおり、勢いで米国大学院まで来てしまったので、キャリアではない、
プライベートの人生設計はほとんどしてなかったなあ、とすごく感じました。
(そして、彼女と別れて米国大学院へ留学する決意をした方々は、本当にすごいと思います!)

そんな中、日本で全然出会いがなかったのに、米国で出会いがあってから、
いろいろと考えたわけで…。

別れてしまったものの、結婚を視野に入れていろいろと考えていたところ、
いかんせん、「米国」で「学生」というのがネックだったな、と(今更ですが…泣)。
結婚できたとしても、遠距離だと一緒に住めないので、費用がかさむのをどうするか、とか、
子供ができたとき、共働きでどう育てるのか、とか。

あと、遠距離の大変さを痛感しました。
自分は、「この人だ!」と思ったら他の人は気にならないので、耐性があるほうな気がしますが、
それでも、初めのうちは、離れていたら好きなのかどうかわからなくなることはありました。
相手が同じ性格であることはないし、加えて、自分はいろいろ考えてできるだけ確実なことだけ
言葉にするタイプなので、相手の気持ちも考えて、もっと話し合えるように努力しましょう。


また、留学前の自分のキャリアとして、将来世界のどこかでプライベートも大切にしつつ、
ロボットの研究・開発に携われればいい、という感じでした。トップスクールの博士号があれば、
欧米ならどこかの国の職にはつけるだろう、とか勝手に考えていました。
過去インターンしたドイツでは、家にいながら仕事ができたり、18:00には会社から人が
いなくなるという環境だったので、子供が小さいときは子育てしやすいドイツや欧州で働き、
中学あたりから日本に戻るとか、国をまたいでフレキシブルに動けるようにしよう、と。
(当時は、「相手のキャリアもある」という重要な要素を完全に見落としていましたね…。)

日本で仕事をするとしたら、きっとマンガ「理系くん」のようにハードなので、
自分は仕事人間になるのは間違いないかなと…。
(コラムで奥さん(著者)の理想と現実があって、理想は一緒に過ごす円満な
新婚生活なものの、現実は夫は残業っていう…。)
加えて、自分は他の人に合わせて、がんばるタイプ(だと思っている)ので、日本で働くと、
上司が残っているなら確実に残業してしまうだろうな、と(研究室やインターンで経験済)苦笑。
加えて、実家から大学に通ってたように、通勤に往復2時間、それも満員電車とかだと、
確実に家で過ごせる時間は制限されるだろうな、と。
(といっても、都内に住むか、地方で働けば、この通勤時間の問題はなくなる気はしますが。)


なので、また大切な人ができたときには、自分と相手のキャリア、将来像について、
ちゃんと話しあうようにしようと思います。


また、一方で、「理系くん」を読んで、すごく参考になったのは、「保育園の存在」と、主人公の夫が、
「子供から避けられるので苦手だった状態」から「子育てを通じて、子供に遊ばれる状態」
になったという点でした。

日本では幼稚園は3才くらいからだろうから、共働きの場合、それまでは実家を頼るしかないとか
思ってましたが、数が少なくて探すのが大変なものの、幼くても預けられるんだなと。
(といっても、さすがに19:00くらいが限度か…。)

そして、主人公の「理系くん」の「小さい子供は観察対象として、すごく面白い」という考え方に
ものすごい共感してました。そして、自分は人に良い印象は持たれないと思って、
人前で口に出したことはないけど、案外理系はそう思っているんだなぁ、と笑。
(実際、人工知能の研究者は日本赤ちゃん学会に参加することもあるって聞いた覚えもあるし。)
飼っていた犬がお手やお座りを覚えた瞬間を見るように、子供がなにかをできるように
なる瞬間を見守るのは楽しいだろうし、絶対子供とキャッチボールしたいし笑。

今は子育ての経験がなくて苦手な状態だけど、手一杯にならない仕事をうまく選んで、
将来は子供を好きに、そして好かれるようになれたらいいなと思います。

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日記の一部を抜粋した感じですが、なんか結構書いてしまいました。

可能であれば、留学前の自分に見せてあげたい…(苦笑)。
日系企業に就職して幸せそうにしている友人を見ると、最近ふと、留学せずに就職していたら、
人生違ったかな、と思ったりしましたが今更どうしようもないし、過去の決断に後悔はないです。

それに、相手はすごく優しい人だったので(杞憂だと思いますが)、へこみ続けて、
余計な心配や迷惑をかけるより、前を向いてがんばっていようと思います!

最近参加したワークショップでも、研究の目標となる人ができたし、しばらく研究に
勤しみたいと思います!


やっと試験のストレスのない冬・夏休みが送れると思うと、うれしい限りです笑。
(といっても、まだQualがありますが…苦笑)

ではでは、また来月!


(追記 2/22)

なんか、保育園についてのはてなブログが炎上してたみたいで…。
上ではなんとかなりそうと書いたものの、やっぱり、保育園探すのは大変なのかな…。
(小さい頃をシンガポールで過ごしていた身なので、保育園自体よくわかりませんが…。)

また、そのブログに、夫も正社員の女性の方が書いているコメントが印象的でした。
都内で共働きで、お互いのキャリアを考えるとなると、いろいろ考えとかなきゃみたいですね。

一方、先日欧州で働く先輩とこちらで食事をした際に聞いたら、土日はオフになったり、
夏の休暇が取れたりと、予想通り、だいぶ社会保障(!?)は充実しているらしいです。

日本の知り合いの結婚した友人や先輩達に相談してみて、自分にはどういう人が良いか、
どこで働くのがよいかを、あらためて考えてみようと思います。

でも、完璧に条件の合う人はいない(大丈夫そうでも、後々問題が生じてくる)と思うので、
今のうちにいろいろ考えて、あとはそのときの勢いですかね苦笑!


2016年1月16日土曜日

2015の振り返りと2016の抱負

月一更新が目標だったのに、気づいたら、前回の投稿からあっという間に2ヵ月が過ぎている…。
まあ、試験期間あったり、日本に帰って留学説明会したり、進級試験があったからね!
(←言い訳です、すみません…。)
試験を終えて、自分の中でも年が明けたということで、心機一転、また月一更新を目指します!


さて、前の進級試験の9月のブログを見返してみると、このころの自分大変だったなぁ、と(苦笑)。

試験に落ちてへこみ、説明会の準備で初めのうちは、たらい回しにされてへこみ…。
授業は始まっていたから、課題をしながらの再試験受けられるかどうか、
説明会のための会場と講演者との交渉のメールのやり取り…。
いやー、大変だった(苦笑)。

でも、このあと、日本から大切な人が来て、支えてくれたおかげで助かりました。
今回の試験のときも支えてもらって、とても感謝しています。ありがとう。

そして、10月が過ぎ、11月のThanks Givingには旅行で休もうと思っていたら、
学会用の投稿論文に追われ、旅行中に夜通しでがんばって書き上げたら、
「今回は投稿を見送ろう」の一言…。うーん、大変な秋学期だったね。
ロボットのプロジェクトはうまくいったので、終わりよければなんとやら、という感じですが(笑)。

春学期・夏休みはうまくいってたのに、試験でバランスが崩れた2015年でしたね。


…、ってここまで、去年の話してる。2016の最初のブログなので、抱負を書こうかと。

やっぱり去年と同様、研究のアウトプットをがんばる一年にしたいと思います。
結局、去年も学会の投稿論文書いたものの見送りになってしまったので…。

特に、今年は頼りになる先輩が卒業してしまうので、引継ぎもいろいろやらないといけないし、
聞けることは、今のうちにいろいろと聞いておこうと思うわけです。
そして研究のプロジェクトを引っ張っていけるようになります!

進級試験の準備をしてて思ったことは、正しい努力すれば「なんとかなる」、ということ。
どのタイミングからでも一歩目を早く切り、きちんとやれば結果はついてくると思うので、
今年もがんばりたいと思います。

試験結果がでるまではドキドキですが、受かってることを信じて、また来月!


2015年11月8日日曜日

Tendon始めました。

とうとう、月一更新がストップしてしまった先月ですが、またがんばりたいと思います!


先月あたりまで、試験やプロジェクトといろいろなことに「不必要に」追われていた気がします。

「実力・日程的にむりなんじゃないの!?」と思うことから、不安になる。
不安になった結果、一歩目が遅れ、さらに不安が増す…、みたいな負のスパイラルでした。

でも、不安を解消するには、行動しかないんだな、とドイツで学んだことをあらためて思いました。

結局、待っていても誰もなにもしてくれないので、自分から行動して動くようにする。
言い訳を練るよりも、一歩目の動き出しを早くできるようにすることがすごく重要かと。

できるとわかっている、時間が見積もれるのであれば、すでにある程度わかっているわけで。
不安に思わないこと、つまり結果がわかることをやっているなら、成長というより研究ではないですよね苦笑。

どうなるかわからないから時間がかかる分、一歩目の踏み出しが重要かなと思うわけです。
少しできたことへの自信と不安な気持ちを上手く扱えることが重要かなと。


あと、だれかがfacebook上でアップしていた動画のリンクをつけておきます。

この人がどういう人かはわからないけど、言っていることはおおむね正論だと思います。

一般的に、完璧主義者の多い日本人は、「どーせむり」っていう人がかなり多いと思います。
そういわれると、日本人気質の自分は、「だめなのかなぁ」とよく不安になります苦笑。

完璧主義というと、ロケットと聞いたらアポロ11号のような立派なものしかイメージできず、ミニチュア版を見せられると「ああそう」といって一気に興が削がれる感じです苦笑。その結果、「(いきなりあんな立派なものは)どーせむり」という心境になりやすいのかなと。

でも、今いる研究室には、「面白そう、とりあえずやってみようぜ!」という人が多いです。
(※海外の人がみんなそんな感じというわけではなく、むしろこの環境が特殊だと思っています。)

できるだろうと思って、一歩目を踏み出すこと、踏み出しやすい環境にいることも、なにかを生み出す上で重要だと思うわけです。


最後に、学部以来でひさしぶりに日本でいうサークル活動に参加しはじめました。

障害を技術で乗り越えようということに、研究とは違う視点からトライしています。
今は、Tendon Gloveというものをつくろうとしています。
(タイトルですが、「Tendon」=「腱」であって、丼ではないということです笑。)


ちょっとずつ行動していき、自分ができること増やし、やりたいことができるようになれたらな、と思う今日この頃でした。

さて、課題をやろうかな…苦笑。

2015年9月6日日曜日

新学期が始まって…

2週間経ったのに、試験の結果発表がまだのままでもやもやした3連休となりました苦笑。

さて、新学期が始まりました。
試験の準備に追われ、新学期の準備をしていなかったので、まず授業登録に追われました…。
取りたかった授業が急にキャンセルになったり、予想より授業の内容が興味なかったり笑。

試験結果にもやもやしていたというのもありますが、授業選択において、なんか自分で自分の首を絞めてたかな、と。
はじめは、同期が3科目とるからとか、早めに授業の単位を取り終えるために、3科目取ろうとしました。でも、そうすると授業負担が半端ないので、結果2科目に減らしました。
(といっても、8単位なので、およそ3科目分の負担になりそうな気はしますが…苦笑。)

そして、自分は良くも悪くも周りと比較しているんだろうなぁ、とも。

日本にいると、みんなほぼ同じ年齢で「学校に通い、大学の勉強をスムーズに終え、就職する」という一連の流れから外れないようにすることが重要で、とりあえず与えられた課題を効率よくこなし、優秀な成績で卒業することを無意識に心掛けるようになっていた気がします。

その考え方を引きづっていたのか、自分で「この日程はきつい…」と思っていても、周りができているから頑張らなければと思ったり。人よりも早く、効率良く、成績良く、と考えていたり。

でも、結局、自分のできるペースでこつこつ進めていくのが一番かと。
そして、効率とか考えずに、興味のあることに手を出して、自分が楽しければいいかと。
(もちろん、そこでは相応の努力が必要だとは思いますが。)
そうすると、自分だけにしかできないことができてくるのかな、と思います。

研究課題って与えられるというより見つけるもので、課題として好きなことをやれる期間だと思うので、自分の好きなことを思いきりやりたいな、と思うわけです。

こういうこと書くと、スティーブ・ジョブスのスタンフォードでの講演を思い出します。

"you can't connect the dots looking forward; you can only connect them looking backwards. 
 So you have to trust that the dots will somehow connect in your future. 
 You have to trust in something — your gut, destiny, life, karma, whatever.
 This approach has never let me down, and it has made all the difference in my life." 
(quoted from: http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html)



そう、だから試験の結果なんて関係ない!
、と思って悩まないようにしている今日この頃でした笑。

では、また来月に!

2015年8月25日火曜日

試験を終えて…

ようやく進級試験を受け終わりました。
結果は1週間後なのでわかりませんが、受かったと思っておくことにしておきます笑。
もし朗報がきたら、来月分で報告しますね笑。

さて、この夏はほとんど進級試験の準備で終わってしまったという感しかない…。
もちろん、日本に帰ってインターンもしたし、ロンドンに行ったり、ほかにもいろいろあったけど…。
甲子園もいつの間にか始まり、いつのまにか終わってたし。

他の同期がさっさとパスして、夏を満喫しているのをみると、うらやましくも思ったり笑。


とにかく、試験は終わりました。そして、もうすぐ水曜からは、もう授業が始まります。

渡米して、およそ1年が経ったと思うとなんだか早いな、と感じてます。
でも、また授業が始まると「長いな」と思うんだろうな苦笑。

前学期でなんとなくやりたいことが見えてきたので、今学期はそれをもっと進めてみたいなと。
そして専門の授業は取り終えたので、次は副専攻のを抑えにいこうと思っています。

候補として…、

・AI
・Biology/Bio-engineering
・Human interface/Ergonomics

かなぁ、と思っていますが、どうするかな笑。

そういえば、この間、バークレーで日本でコンサルに勤めている方と会いました。
経済出身と聞いていたのに、制御の2次系のシステムについての簡単な説明をなんなく理解していたところ、頭いいな、と思った次第です。
コンサルの人全般、頭がきれるのか、はたまた会った人が優秀だったのか。

そして、「ロボットやっている」という理由からか、他にも電話ミーティングをする機会があったりで、結構ロボットの流行はきているのかな、と思ったりしています。

今週末は後輩が来るとか言っているし、毎セメスター日本人の方が来てくれるのはうれしいことですね!


ではでは、今月はこのへんで。


2015年7月25日土曜日

研究開発について思うこと

徐々に毎月更新が危ぶまれてきていますが、なんとか今月も更新です!

ではでは、前のブログに書いていた通り、日本に戻っての感想を…。
書きたかったんですが、記憶が遠くなってしまって苦笑。
(広島に行ったり、山登りしたり、フクロウカフェ行ったり…、感想を書きたかったんです笑!)

でも、ただいまPrelimsという博士課程への進学をかけた試験勉強真っ最中で、頭のモードが勉強になっているので、真面目モードで書きたいと思います。

というわけで、この前、日本にいる後輩との研究相談の一部を抜粋したいと思います。
(決して楽したいわけではないですよ…笑。)

分野の違う人にも、工学者の自分がどんなこと考えているのか少しわかってもらえたら幸いです。


①「研究」と「開発」の違いについて

まず、自分がよく書かれていると思うブログをごらんください(ここをクリック)。

このブログで書かれているように「システム」には複数の「技術」があります。


①-1「開発」について

大きな会社であれば、個人的な意見としては、どういう「システム」を創るかが非常に重要です。

そして、会社では、「製品」=「システム」であり、「製品」をつくることが「開発」であると思っています。

このとき、極端な話、システムにどういう技術を用いるかなんてどうでもいいんです。
なぜなら、A社やB社がすでに「技術」を持っていてつくってもらえるなら、安くて正確な方に外注すればいいんです(なぜなら、安い方が客のニーズを満たすから)。
また、C社しかできない技術があるなら、会社ごと買収して製品をつくるということも一案です。
G社がロボットのスタートアップを軒並み買収したのと同じことです。

つまり、「開発」とは、客のニーズを考え、ニーズを満たす「システム」をつくることです。
そのため、必要となる「技術」をブラッシュアップして編集し、まとめていく能力が必要となります。
また、ジョブスのように、客の(潜在的なものも含めた)ニーズを形にできる創造力、いろいろな人・会社を巻き込める力も求められます。


①-2「研究」について

上述のように、「開発」における「技術」は、要素の一つでしかありません。

一方、アカデミックな研究室では、

①新たな「技術」を発見・開発すること
②みんな(100年後の人等含む)が、その「技術」を使えるように説明書(論文)を書くこと

が求められます。

「システム」ではなくて、「技術」を求めること、これが「研究」です。
(注:あくまで一個人としての見解です。)

つまり、極端な話、新しい技術をどういうシステムにアプライするかなんてどうでもいいんです。
(研究費の申請書等々のためにいろいろ考えなきゃいけないのですが…苦笑。)

それよりも、自分の研究の結果が世界で初めての技術であり、それが多くの人に影響を与えるものであることが重要です。
そのために、いろいろな文献を読んで過去の研究成果との違いを知ることは非常に重要であり、多くの人に使ってもらえるように、より抽象的な概念に落とし込めるかも研究者としての腕の見せどことだと思っています。


①-3例

例があったほうがいいかと思ったので、とてもおおざっぱに例を示します。
(医学的なことをモノみたいに書くので、不適切な表現があったらすみません。)
(また、専門知識がないので、誤った部分があるかもしれません。)

ご存じ、山中先生は、iPS細胞をつくるという素晴らしい「技術」を発見し、論文という説明書を書いて、他の医学研究者たちもみんなが再現できたので、その功績が称えられ、山中先生はノーベル賞をもらいました。(一方、O保方さんは、説明書の書き方に不備があったため、いろいろと問題になりました。)これは明らかに「研究」です。

iPS細胞を用いれば、筋肉や皮膚等をつくることができるかもしれないという、画期的な技術です。
では、仮に、どこかの筋肉が委縮してしまって腕を動かせなくなったとしたら、このiPS細胞の「技術」単体を求めますか?
違いますよね、この場合、「委縮してしまった筋肉を取り換える」ことがニーズですよね。

すると、このニーズにこたえるには、①筋肉を再生するiPS細胞をつくる技術、②iPS細胞を培養させ、筋肉を再生する技術、③再生した筋肉と取り換える技術、のように、すごく大ざっぱに捉えても、iPS細胞の「技術」は、一つの要素技術にしかならないわけです。

そして、このニーズに沿うように、製薬会社や病院が一連の「システム(治療法)」を組むことが「開発」にあたるというわけです。


まだ、①しか書けていないのに、だいぶ長くなってしまったので、また今度に…。
たぶん、そのうちこの記事も更新するようにがんばります。

というか、来月にはPrelims合格していますように!!

p.s.
企業のニーズにこたえるようにして技術が発展してたりもするので、「開発」と「研究」については簡単に切り離せて考えるものではないです。
ただ、両者の考え方のベースの違いをわかってもらえたらと思います。

2015年6月30日火曜日

逆インターン

今月も残すところわずかですが、(米国時間では)一応遅れることなく、各月更新ができそうです!
今月は2回くらい更新するかも!と粋がっていた月初めが懐かしい…笑。

さて、今回は、日本に帰ってインターンをやった感想を書いてみたいと思います。


ちなみに、過去、明示的に書いてはいなかった気もしますが、ドイツで約8ヵ月、オランダで約2週間以来の1ヵ月のインターンを日本でしています。

以前、日本にいたときは、海外に出たいために海外でのインターン先を探してました。
今回は、日本に長期で戻りたいために、逆に日本でのインターン先を探したという感じです。
(といっても、参加させてもらったインターン先は外資系なので、いろいろと「逆インターン」です。)


初めに言いたいこと。それは、今回のインターンで何が一番つらかったこと。

そう、久しぶりに日本に帰ってきて乗りましたよ、満員電車…。
しかも、6時台の電車でもほぼ満員…。
高校・大学と、自分はよく耐えてきたなぁ…、と思いました。

ちなみに、米国では大学まで徒歩圏内なので、通学時間が片道徒歩15min程度。
インターンをしていたドイツでは、自転車で20min程度。
けど、日本では、電車等で80min程度…。
まあ、米独は一人暮らしで、日本では実家通いなので、差は出て当然ですがきつい…。

日本での高校や大学時代、近くの学校に通学したことがなかったから、気付かなかったけど、
もっと通勤時間を削ったら、成績が伸びたんでは!?と思うくらいでした笑。
まあ、後悔はしていないけどね。


そして、インターンの内容ですが、研究テーマに近いウエアラブルロボットの開発でした。
ちなみに、英語だとExoskeleton、外骨格ロボットとも言われます。
(日本で有名なのは、筑波大の山海先生HALですね!)

脱線しました。

で、インターン先では

・論文を読んで現状のロボットについて理解・把握して報告したり、
・シミュレーションを用いて、どのようにロボットを動かしたらいいのかを考えたり、
・実際のプロトタイプの制御プログラムを書いたり、

と短期であったのに結構幅広い分野に着手させてもらえました。
(その分、一つ一つの内容が薄くなってしまったのは内緒。まあ、1ヵ月だからね!)

どちらかといえば、企業の製品開発、というより研究室に近いこともあって、非常に動いやすい環境でした!将来働くなら、ああいう環境がいいですね!

そして、勉強になったのは時間の使い方。

グループで動けば一週間でそこそこ進むんだという実感を得られた気がする。
タスクに充てる時間を細かく区切ることで達成感を得ることとかね。
e.g.)
「レポートを終える」を1日のタスクとするのではなくて、
「レポートに何を書くか考える」: 1h
「書くための資料を集める」: 1.5h
「書くための資料を読む」: 4h
「書く・推敲」: 3h
みたいに区分けにすると、他の用事が入ってもどこかで切っても、いずれかのタスクはこなしているはずだから焦らずに済む、みたいな感じ。

あと、「求められていること」に、時間通りに的確に応える大切さ。

例えば、「レポートで求められていること」が3つあるのに、1つに時間を遣いすぎちゃって、他に手を回せず書けなくならないように時間配分をするとか。

不満があるとすれば、どこもそうなのかもですが、比較的動きが遅い点ですかね。

あらゆるパターンを考えてから良いものを選ぼうとするんだけど、時間がかかりすぎるんじゃないかなぁ…、と思ってしまったり。
かといって、行き当たりばったりで研究をしていて、後々後悔することを経験している身なので、しっかり考えるようにする視点を身に付けなければとも思いました。


今月はインターンのことしか書けなかったので、来月は日本に戻っての感想を書くことにしますかね。

2015年5月3日日曜日

日本と海外の記事の違いからみる視点の違い

今月は遅れずに更新できそうです!

といっても、テスト勉強から逃げたいだけな気もしますが…苦笑。

とはいえ、昨日研究発表を終えたので、良しとしましょう。


さて、最近Facebookに上がった安倍首相のスピーチについてです。

といっても、スピーチ自体の内容について、ではなく、国別の記事の取りあげ方についてです。


まず、日本、というか日本語記事のThe Huffington Post

スピーチの内容には一切触れておらず、ビデオもありません。

けど、原稿のメモや英語の発音について言及しています。


一方、その元ネタとなった、The Wall Street Journal Japan

英語の記事全文にビデオまであり、発音等については特になにも書いてません。
(流し読みした程度なので、書いているのかもしれないです。)


で、自分はFacebookに上がっていた日本語の記事を先に読みました。

そのときは、「相手の国の言葉を使ってのスピーチがどれだけ大変かわかっていないのか!?」と、原稿のメモを取り上げた他国の記者の視点がおかしいのでは思いました。


けど、元記事を読むと、話が違うことに気づきました。

「原稿の写真」はたしかに取りあげられていたものの、日本側の記者が「原稿のメモ」の部分のみに着目して記事を書いた、という感覚でした。(個人的な感想で読み違えなら、ごめんなさい。)



このように、日本の記事では主に「ふるまい」が、海外では「内容」が取りあげられた印象です。

もちろん、スピーチで棒読み、間違いだらけだったら、ニュースになってもおかしくないですが、ビデオの一部を見た感じでは、批判されるほどのスピーチではなかったのでは、と思います。

なのに、「内容」に関する記述はなく、「ふるまい」にしかフォーカスがいっていない。

そして異なる日本語記事の時事ドットコムでも、「内容」ではなく、米国の議員に「どういう感想を持たれたのか」が書かれていて、スピーチの内容については触れてないです。
(感想の中にスピーチの一部が含まれていても、それはあくまで感想だとみなしてます。)

個人的には、「ニュース記事」ならば、まずどういうスピーチの内容だったのか概要を示して、その後他の人の感想を事実として述べたほうがいいのではないか、と思います。

けど、記事を書く側の身を想えば、今の読者は、内容自体より、簡潔な文章で少し煽る感じの記事のほうがウケるから、と考えたようにも思えます。

実際、こうして少しでも多くの人の注目を浴びる結果となったことは、注目されないよりは良いことだと思います。



で、この記事の違いを比べたら、結局日本人は「どう見える/見られるか」が重要なんだなと。

極論を言えば、このTED Talkみたいに、内容がなくても、

・流暢な英語で、原稿を見ずに、それっぽく話している

と「すごい人」なんだろうなと。
これでうさんくさい商売すれば、ある程度稼いでいけそうですね苦笑



話は変わりますが、自分も昨日のプレゼンで、「自分のプレゼンがどう見えるか」ということを無意識の内に考えてた気がします。

でも、プレゼンを上手くみせるよりも(見せ方ももちろん重要ですが)、自分の意見をしっかりと持っているということが重要だと思いました。

「(自分の意見が)どう見える/見られるか」ということから、「自分の意見をいかにアピールするか」という意識に変えることが日本人にとっての大きな一歩なのかなと思いました。


そのためにも、記事の書き方が少しづつ変わり、Facebookでも議論される意見のベクトルが少しづつ変わっていったらなぁ、と思った今日この頃でした。


相変わらずまとまりのない文章ですが、このへんで。

来月は日本からの更新になりそうです。

2015年4月26日日曜日

こつこつと…

毎月更新の目標が、1ヵ月遅れになってしまった今日この頃です。

タイトルにも書きましたが、最近、こつこつ「やること」の重要性と毎日少しづつでも成長していることに「気付く」重要性を実感しています。


・やることの重要性

やること、特に始めることの重要性は、よく語られていて、本も読んだりしたのですが、実のところ、あまり実感してなかったのかなと。

学部の卒業研究のときとか、「誰かが似たようなことをやっているから」とか「企業ほど上手くできないから」とかよく言って、手を動かすことをためらっていた覚えがあります。

結局、今振り返ってみると、正面向いて研究する気が無かったのかな、と。
または、研究するというベクトルを勘違いしていた気がします。

そんな経験をふまえて、今思うのは、「守・破・離」の感覚がすごく重要だな、ということです。
元の研究室にいた頭の良い人や今の研究室にいる同期は、素でこれができている気がします。

学部次の自分の場合、なんというか、口だけ「破」を目指していた気がします。

頭のいい、優等生と呼ばれた友人は、素直に「守・破・離」を順に守っている人だと思います。
先輩の研究等をしっかりと確認し、できていないところをしっかりと埋めていく感じです。
これは、普通の人にはできないことなので、十分すごい能力だと思います。

しかし、「すごく」頭の良かった先輩は、「破」の部分、つまり自分のアイディアありきで、「守」もきちんとふまえていた気がします。

自分はこの「守」、つまり基礎の部分ができてなかったんだな、と今痛切に感じています苦笑。
そう、自分のアイディアだけ突き通そうとして、これまでの人のアイディアを無視していた感じです。

基礎がなかったため、どうすればいいのかわからなくて迷走し、また違うアイディアを考えては迷走するという繰り返しでした。

今の自分もできているかはわかりませんが、自分の意識の上では、「破」の部分を意識しつつ、「守」の部分を固めている感覚です。
そして、「守」の部分を固めようとしていると、いろいろできていない部分があるんだな、とわかり、自分のアイディアで少しづつ埋めていく、という作業を繰り返しています。


・気付くことの重要性

そして、昔は復習することが大嫌いだったので苦笑、得られた成果のみに執着してた気がします。
なので、「少しづつ」でもアイディアの実現に近づくという感覚の大切さに気づきませんでした。

結局、目に見えて他人から褒められる成果が得られないと納得しない子供の自分がいました。
でも、研究のように、自分のアイディアを実現するのは、他人から褒められるより、むしろ非難され続けたとしても、少しづつ前に進め、結果を示して実現していくしかないんだな、と感じています。

そのため、イチローさんとかの発言にもありますが、自分自身が、日々少しづつ成長している感覚ってすごく重要かな、と。他人は褒めてくれることはないので、自分で褒めてあげる感覚笑。

急にすごいことができるようになることは、まずありえないので、少しづつできるようになった自分に「気付く」ことがやることを継続する上でも重要だな、と思うわけです。


結局、人ができることであっても、自分ができていなければ、できるようになったとはいわないので、

少しづつやるべきことをやり、成長している自分に気づいてあげて、継続していきたい

と思った今日この頃でした。

もうすぐ5月なので、今度はがんばって更新します!

2015年3月9日月曜日

なんとかなる

1月はすごく長く感じられたものの、2月は一瞬で過ぎ去っていった気がします。

というわけで、およそ一ヶ月のペースを守って、無事更新!
といっても、とくに書くことはないんですが苦笑。

今月は、普段以上に、日本人と会うことが多かった月でした。

・元高校の同級生や奨学金の同期が大学見学に来たり、
・米国大学院への留学希望者が来たり、
・Berkeley 対 Stanfordの日本人ソフトボール戦に参加したり、
・無料の英会話教室(ESL)に通い始めたら、そこでも日本人に会ったり、

と振り返ってみると、案外、盛りだくさんな月ですね笑。


そういえば、最近ひさしぶり(ドイツ以来!?)に「ちきりんの日記」を読んでみました。

そしたら、すでに本が何冊も出ていてビックリ!
2011の時点で人気ブロガーだった気もするものの、数年続けるとここまでになるんですね!

それは置いておいて、その中の人気記事で、これとかこれとか、共感できる点が多々あります。
他方、こういう記事(指示語ばかりでごめんなさい…)を読むと、考えさせられることもあるわけです。

今やっていることは十分に楽しいのですが、人生を楽しく生きるとすると、大切な人のいる日本で暮らすほうがいいのかなあ、と思ったり。
はたまた、せっかく米国にいるのに、「こっちの文化に浸らなくていいのか」と、勉強の合間にふと思ったりするわけです。

でも、日本で大学院在学中には、同じ研究室、もしくは近い研究室の人達としか関わりがなくて。
一方、今はMBAの人達とかとソフトボールをしたり、企業から来た人達の話を聞くことができ、確実に視野は広がっている気はします。
また、フリータイムは日本人といることが多いものの、フリータイム以外では、同じ研究室の先輩と自分の研究分野について議論しているし。
こちらの大学院生も、みんながみんな日本の学部生みたいに元気にサークル活動に励んでいるわけはないので苦笑、これでいいのかな、とも思います。


そんなことを考えていると、前回の記事にも書いた気がしますが、自分は(頭の中の)「何でもできている」自分と比較しているのかなぁと。
実際、できることは限られているのに「なんでもできる!」と勘違いして、少ししかできていない自分に、いろいろと悩んでいるのかと(Faceb●●kの弊害ですかね苦笑)。

欲張らないと成長しないかなぁとは思いつつ、「なんでもできることが当たり前」から「できなくて当然、だから(時間をかけてでも)できるようにする」という思考回路の変換をしていこうかと思います。

結局は、やっていることを少しづつ積み上げていけば、なにかしらの「自分」ができあがっていくと思うので、「なりたい自分」に近づけるようにしたいと思います。


最後に、ガンジーによると、

「幸せとは、あなたが考える事と、あなたが言うことと、あなたがすることの調和が取れている状態」

らしいので、することのスピードを考慮していきたいと思います。


(タイトルは、最近言わなくなった自分の昔の口癖を思い出して、のんびりいけよ、という戒めでした笑。)

2015年2月1日日曜日

思考と身体の速度の違い

というわけで、およそ一か月ぶりの更新です!
先輩が使っていた言葉ですが、なかなか「粘られた」1月でした笑。


日本から戻ってきて進級試験の勉強を開始し、中旬に終わりました。

結果は…、まあ…、同期達との差が浮き彫りになる結果でした(泣)。
ただ、自分は日本に戻っていたこともあって、10日間の準備の割にはがんばったのではないかと。

次のときには、しっかりと準備してがんばりたいと思います!


そして、試験の後は、すぐに研究&授業生活が始まりました。

始めのうちは、研究が上手く行かず、というかメンターとの意思疎通がうまくいかず大変でした…。
(専門用語わからないし、英語話すの早いし苦笑。)
しかも、チームにいる他の学生もネイティブなので、なかなか輪に溶け込めず、ラボに行くのが若干億劫になりかけてました…。
でも、言葉が全て通じることはなくとも、その場にいて話を聞く、話をすることが大切だと思い、徐々に自分から話すようにしています。
すると、自分の心のあり方が変わったのか、不思議なことに、少し親しくなった気がしている今日この頃です。いやー、親日家の多いメンバーでよかった!



はてさて、タイトルの話ですね。

最近、鴻上さんの「孤独と不安のレッスン」という本を読みなおしています。
そこででてきて印象的だったのが、「頭と体の速さは違うことを理解する」ということ。

頭ではわかっているつもりでも体がついてこないという経験、みなさんあると思います。

スラダンだと桜木のシュートイメージと実際にビデオに映った姿がかけ離れている感じですね。(読んでない人、分からない例えでごめんなさい。)

上の例とは別の観点から、もう一点、「頭と体の速さは違う」と上述の進級試験の勉強をしていて思ったことがあります。
それは、わかっている(思考としては理解している)けど、問題が解けない(ある意味、身体がついていかない)というパターン。

試験勉強中は、頭では分かっているはずなのに、なんで問題が解けないの!?という感じで、焦りや不安を冗長させていたのかと思います。

そこで、上述の本を読んで納得したのが、「頭と体の速さは違う」んだと。
頭では「自分はできるはず」と思っていても、身体は容易にはついてこないんですよね。
特に、勉強とか、頭で考えるものだと「思考(想像、妄想!?)=身体(実際に考えられること)」と勘違いしやすい気がします。

そして、受験生のときの自分は、「わかっているから、解ける」と思っていたのだと反省しました。
「わかっていなくても解ける(解答を丸暗記する)」のは受験時には有効ですが、理想はやっぱり「わかっていて、解ける(思考と身体が一致している)」状態がベストかと。

だからこそ、「思考と身体の速さは違うことを理解」することで短期間で成果がすぐに出なくて当然と思い、焦ったり不安になって手がつかなくなったり投げ出したりすることなく、着実に努力することが結局は成功への一番の近道なんだと痛感しました。
(痛感したのが、試験には遅すぎて結果に反映されてませんが…泣)

実際、元の研究室の同期とか、今の同期を見ていても、成果を出している人はそれなりの努力をしていて、「才能」という言葉で片付けるのは雑すぎる気がします。
(もし「才能」という言葉を使うなら、「努力する才能が同期達にはある」という感じでしょうか。)
日本では、泥臭く真面目にやることよりも、適当に手を抜きつつ良い成績を取ることがすごいことと思われますが、実際は真面目にできる才能こそほめるべきかと思います。


研究とか授業で、不安になって集中力散漫になったり、手がつかなくなったり投げ出したりすることなく、着実に努力することを心がけていきたいと思います。

というわけで、なにか書き忘れているような気もするけど、今月もこのへんで。
最後に、思考と身体とのギャップを埋める上でどうすればよいか、”リアル”の10巻の白鳥の言葉が個人的には分かりやすかったので、引用して締めたいと思います。


「何もできない存在としての自分

 どうすべきか知ってる

 口を閉じて、ただ脚を…
 じゃねえ、腕を動かせ!

 いつか必ずやってくる…
 「できるようになる」瞬間まで」

2015年1月2日金曜日

新年を迎えて…

新年、明けましておめでとうございます。

米国大学院での半期を終え、現在日本で一息ついているところです。
ええ、実は、日本ではうれしいことに友人と会いまくっていたので、ようやく日本でも一息つけたところで、明日帰国します笑。

にしても、米国に帰国後、すぐテストがあるっていうのに、こんなにのんびりしていていいのかと思いつつ苦笑…。まあ、リフレッシュの時間は必要ですよね!
でも、日本にいるとテレビをのんびり見てしまって、やりたいことあるのに、無駄な時間を過ごしてしまう自分がいたりして、ちょっと嫌気がさしていたり…。

さて、2014年を少し振り返って(←本来、去年やるべき笑)、2015年について考えてみようかと思います。


(2013年の年末~)2014年の新年は、ひたすら修論に追われていた気が…苦笑。
2014年は修論発表から始まり、修士の同期達との欧州への卒業旅行、あと、旅行をリスケジュールさせられての学会発表ですね。

そうそう、それらが一段落したら、今度は大学院の合否が非常に不安になって…苦笑。
留学の同期達がどんどん合格していく中、一人合格が決まらず、他の進路も検討していた時期が懐かしい笑。

3月の中旬には無事合格が決まり、京都行ったりしたなぁ。そして、サマースクールについて先輩方にいろいろアドバイスを聞いたり、ビザを取得したり。
あの時期には、もっといろいろ動けたはずだなぁ、と思う感じ。当時は、Arduinoで音声認識試していたけど、いかんせん、進捗が遅すぎたかと。


7月下旬から渡米。ここからは一瞬だったかなぁ。

8月はサマースクール&メキシコ旅行でいろいろな人と会ったり。
9月から授業が始まり、10月は中間試験に追われ、11月も試験が続き、12月にはもう期末と…。

8、9月のときは、宿題に死にそうになりながらも、週末は日本の友人と遊んだり、ソフトボール行ったりと遊んでいたかなぁ。

でも、9月下旬あたりから、だんだんやばいことに気づき…苦笑。10月の中間からはひたすら勉強の日々でしたね。もうがむしゃらに。今振り返れば、もうちょっと気を抜けたかも、と思いつつ、よくがんばったと思います笑。

こう振り返ってみると、今年は激動(!?)の1年だったなぁ、と。ドイツに行った2011年もいろんな意味で動いていたけど。


今年、2015年はですね、腰を据えられると思うので、一昨年の2013年同様、研究のアウトプットを意識したい一年にしたいと思っています。

去年途中から、研究プロジェクトに参加することができたので、授業は大変だとは思うものの、今年はどんどん研究の時間を割いていきたいなと思う次第です。
今期は授業がやばいと思って、ひたすら、授業に力を入れ続けていたので…。
でも、終わってみれば、なんとかなるかと。もちろん、トップ層ではないので、上に行くにはより一層の工夫は必要ですが。

あとは、試験に合格すること。これができないと、博士課程を続けられないので苦笑。

さあ、今年もがんばりますか!よい年になりますように、いや、なるようにがんばります!!

2014年11月27日木曜日

外から入る日本人と内から入る欧米人


日本の大学院で学んだ経験と、ドイツでのインターン、そして今、米国の大学院で学んでいて、漠然と感じたことをまとめてみたいと思います。

以前、どこかの記事で似たようなことを読んだのですが、「日本人は外から入る」のに対して、「欧米人は内から入る」んですよね。


・日本では…

例えば、ビートたけしの「間抜けの構造」にも体験談が書かれていた覚えがあるのですが、日本では、先生から手取り足取り学ぶことはなく、技を盗むことが求められます。

つまり、まず「形」から入って、物事の「本質」にたどり着き、そこから自分のオリジナリティというか、盗んできた「技」との違いを見出す、「守・破・離」の構造があると思います(言葉の使い方が正しいかはわかりませんが…)。

日本の大学院も同じで、基本的に、「先輩の研究を見て学ぶ」、授業でも、「他の先生方の研究を見て学ぶ」ことが多かった気がします。

そして、そこから自分の興味を持った分野に対して知識を深めていく、というの日本の大学院の形態かと思います。

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脱線しますが、なので、やりたいことが定まらず、流れで日本の大学院に行くと、博士課程の先輩のお手伝いという単なる作業ゲー、知識を深めにくい環境にあるかと思います。
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そのため、知識は「言葉として残す」というより、形のない「技」として受け継いでいくことが日本人の性質のような気がします。


・対して、欧米では…

一方、「研究」そのものの発祥の地でもある欧米(厳密に、発祥というなら欧州だけかもですが…)では、日本と異なり、物事の「本質」から学びます。

物理とか、もうその学問の存在自体が、物事の「本質」から学ぶということの証明ですよね笑。現象(形)から入るなら、「なぜ」球が落下するのか、なんていう興味は持たないと思います。

つまり、まず従来の物事の「本質」から入って、新たな「形」を発見し、そこから新たな「本質」を見出すという構造があるような気がします。

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また脱線しますが、この本質というのを表現するには、他の人が読んでもわかるような言葉で表さなければいけなくて、言葉自体は生き物なので言葉にも限界があります。
(科学分野では、主に使われる「言葉」は、一般的には数学といわれるものになります。このあたりは、機会があれば、また別の記事で書きたいと思います。)
ただ、言葉は生き物なので、新たな言葉が創られたり、発見されたりします。
(日本語でも広辞苑の辞書の言葉が書き換えられるのと同じニュアンスです。「むかつく」とか笑。)
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まだ1年目なので、何か言えた身分ではないですが、米国の大学院も基本的に同じだと思っていて、まず「本質」、つまり今までの知識がどこまであるのかをしっかりと学びます。

現状までの「本質」をしっかりと理解した上で、未だわかっていない新しい「形」(現象)を発見する、というのが欧米の大学院の形態かなぁと思います。

その理由もあって、米国大学院の講義は、自分の過去の記事にも書いたように、しっかり(かなりハード)しているのだと思います。また、教授陣も「普遍的な科目(undergrad.の物理Ⅰ)」とかを教えられることが名誉なこととして捉えていることもあるようです。

そのため、知識を「言葉として受け継いでいく」ことが欧米人の性質のような気がします。


・日本と欧米の違いから…

この違いから、自分の意見としては、

-日本

利点:奇抜な発想が起こり得る(故加藤先生のように、二足歩行ロボットをいきなり創ったりする)

欠点:過去にすでにやられていることだったりして、せっかくの努力が重複してしまう

-欧米

利点:新しい発見を後の世代に引き継ぐことができる(新しい発見=各分野のノーベル賞クラス)

欠点:奇抜な発想が起こりにくい(過去の知識に基づいて考える)

という感じでしょうか。

上の構図を見ると、なんとなく、なぜ日本人がノーベル賞をとりにくいか、またSonyのwalk-manとか日本の発明品が多いかがわかるような気がしませんか!?(もちらん、双方例外はいるので、概論ですが…)

どちらの文化がいいということもなく、どちらの文化もあるからこそ、より発展していくのかなと思う今日この頃です。あとは、個々人がどちらのスタイルを好むかだけですね笑。

個人的には、頭でっかちなタイプなので、欧米型で米国大学院で勉強しているようなニュアンスです。

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またまた脱線しますが、これはかなり宗教観がはいってきてると思います。欧州では、神が世界を創ったから、そこには何かしらの法則がある、というように考えていたとか聞いた覚えもあります。
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あ、そして、なんとなくですが、米国は欧州の利点は維持しつつ、日本の利点も取り組んできているような気がします(特に工学分野)。


・最後に…

なんか思ったことをつらつらと書いていたら長文になってしまったので、この辺で。

単純にまとめるなら、人類の歴史において、日本は「名前を付けて保存」、欧米は「上書き保存」って感じなんですかね笑。

「慣れる」ことの大切さ


またまた、こちらで生活を始めて思ったことを書いておきたいと思います。

ただ、前回は大学の勉強中心(!?)でしたが、ちょっと趣向を変えて、思ったことをまとめてみました。


-電子資料(書籍)について-

こちらでの配布資料がすべてPDFであるのと、iPad miniを持ってきたことから、すべて電子ファイルで資料を読むようにするようにしました。

日本にいるときは、特に学部時代は、講義資料はほとんどプリント(ハードコピー)で行っていたので、結構慣れるのに苦戦しました。

なにがつらいかというと、ハードコピーだと先生の言っていることをそのまま資料に書き込めるのに対し、iPad上だと書き込めないんですよね…(たぶんいいアプリがあるんでしょうが、使ってなかったので)。

なので、プリントに記入する代わりに別途ノートに記述していると、後で見返したときにプリントのどこの場所のメモかがわからないことがあったり、また、一度に全てのスライド(ページ)を見られないときもあったりで、結構大変でした。

けど、今は「紙だと頭に入りやすい」という状態から、「どちらでも頭に入れられる」状態にできたかなぁと思います(だいぶアバウトな感覚ではありますが…)。

無駄な努力だったかなぁ、とも思ったこともありますが苦笑、将来、紙がなくなったときに焦らずに済むと思うと、まあ、やってよかったな、と思うこの頃です。


-英語について-

英語での日常会話だと、

(使用している言語)「英語」 → (頭の中:「英語」→「英語」) → (記憶する言語)「英語」

ということができている(気がする)ので、専門の授業もどうにかなるだろ!と高をくくっていたのですが、全く別物なんだと感じました。つまり、

(使用している言語)「英語」 → (頭の中:「英語」→「日本語」) → (記憶する言語)「日本語」

というプロセスを、専門の話では、未だに踏んでいて、これを日常会話と同じ上のプロセスに戻すことに苦労しました。

というのも、専門に関する知識が日本語で学んでいたため、初めのうちは上手くリンクできていなかったように思えます。日常会話では、上の「英語-英語」プロセスを踏んでいても、専門の勉強の頭の使い方は別だったんだなぁと実感している今日この頃です。


また、専門用語への慣れの少なさも大きく影響していた気がします。
良く知らない単語を見ると、個人的には、それだけで「なんか難しそう…」と思ってしまう感覚のことです笑。

そのため、日本語で習えば、頭にすんなり入るものの、英語を介していることで、理解に時間がかかる、もしくは、より「難しく捉えようとている」ということを、振り返ってみて感じました。

その点、こちらの英語が母国語の学生は、その感覚がない(はずな)ので、仮に同じくらい専門についての知識がある留学生だったとしても、授業の理解度には差が生じるのかな、と思いました。

今更ではありますが、留学をしていた先輩のみなさんが、英語をしっかり勉強してこいとおっしゃってたことを実感しました苦笑。


なお、前述の記事にも書いた通り、授業内容は非常にわかりやすいので、ちゃんと時間を取って復習してみると、「ああ、そういうことだったのか」と毎回のように思う毎日です苦笑。


-結論-

「慣れる」≒「だれる」って感じで、悪い意味で用いられたりもしますが、個人的に今回の経験からは、「慣れ」って大事だなと思いました。

海外大学院での生活について


8月下旬~9月の初めから、大学院での生活が本格的に始まりました。

なので、海外大学院での生活について書いていきたいと思います!


-授業について-

まず、授業について。

こちらの授業が大変だということは理解していたので、授業を何科目取るかが最初に決めるべきことでした。

一般的に1学期に3科目が限度で3科目取ると研究があまりできないと聞き、以下の2通り考えてみました。

①なるべく早めに必要単位数を確保するため、早いうちに多くの授業(3科目)を取る
②研究に、より多くの時間を割くため、授業数を減らす(2科目取る)

②のメリットとしては、研究を進めつつ、必要な授業だけを取ることができるものの、研究と同時進行で授業を受ける事を迫られることが挙げられるかと思います。

ただ、②にして、ゆっくり授業を取ろうとしようと、研究が忙しくなってきたころに、授業を取る必要に迫られる可能性があったので、結果的に、①にしました。

しかしながら、予想はしていたものの、想像以上に授業に時間を取られてしまい、研究がほとんど進んでいません…苦笑。

学期初めは、早めに授業で幅広い専門知識を得て、研究にアプライしよう!と思っていましたが、運が良いことに、早めにやりたい研究のプロジェクトに配属されたので、来学期以降をどうしようか、少し悩んでいます。

ともあれ、授業の内容はわかりやすく、いろいろな知識が身についているな、という実感もあり、早く研究に結び付けたいところです。


-周りの学生と自分-

・9, 10月頃の日記より

初めは、「さすがみんな合格してきているだけあって、超優秀な学生だ!自分は追いついていけるのか…」と不安に思っていたのですが、皆、それ相応の努力をしていることに気が付きました。

自分の場合、こちらの授業は大変だとは聞いていたものの、誕生日があったり、週末には日本から訪ねてきてくれる人がいたり、ソフトボールチームに参加したりしていたりと、最初から出遅れていたのだなと気付きました…苦笑。

「日本から訪ねてきてくれる友人がいるから…」、という理由で勉強をしない理由を作り、「周りが優秀だから…」、という口実で周りに追いつけていない自分を正当化していたように感じます。

この点については、自分のお誘いを断りにくい性格上、日本にいると、上述の勉強しない理由をよく作ってしまいがちだった気がするのですが、幸い、米国では日本のような「お付き合い」の概念がないので、10月以降は、しっかり反省して、出来る限りの時間を勉強と研究にまわすよう努めました。


・11月の感想

ただ、「まずは質より量だろ!」と思って、人より多くの時間を勉強に費やしていたのですが、あまり差が埋まっていないことに気付きました。

たぶんですが、周りの学生は、非常に要領よく勉強を行えているのに対し、自分はあまり要領が得られていないのかと。(この記事がよく書かれていると思います:https://ablogg.jp/review/1859/)

というのも、日本にいるときには、「日本語」の授業で、しかも友人とわからない箇所を相談できて、毎回の授業に関して疑問点を放置していることはなかったような覚えがあります。

一方、こちらの授業では、他の授業の中間テストや宿題に追われ、復習が間に合わなかったり、相談できる友人が少なかったりと、常に後手に回っていたため、「授業で理解する」という基本ができていなかったんだと気付きました。

周りの学生が頭がいいので、「馬鹿に思われたらどうしよう!?」と思って背伸びしてもどうしようもないので、下手なプライドは持たず、自分の素の姿で、周りの学生とたくさん議論しようと思った11月の終わりでした。







ああ、中間テストの返却が怖すぎる…。

2014年11月10日月曜日

米国大学院のサマースクールについて

前回の渡米前の日記から早4ヵ月…。
少なくとも月一更新のはずが、こうも滞るとは…苦笑。

(提出しなきゃいけないレポートがあったりするので、)ついでに、8、9、10月分の日記を3回に分けて書いていこうと思います!


まず、7月の下旬から8月ですね。
もう最大のイベントといえば、当然、渡米です!

家探し&サマースクールへの参加、そして、8月初旬にはお世話になっている財団の交流会に参加してきました。

ちなみに、家は渡米前にある程度見込みを付けておくことをおすすめします…。
都合、3週間しかないサマースクールで3回も引っ越すことになりました…泣。

苦戦した家の見つけ方とかも、どこかで紹介できればと思います。


それで、話を戻し、まずはサマースクールについて。


-参加方法等-

サマースクール自体(授業登録方法等)については、いろいろ情報をまとめたいところですが、それは別に作成しているホームページに譲りたいと思います。
(現在、そちらのホームページも更新が滞っていますが…。)


-履修した授業、授業数等-

今回のサマースクールは、

 ①秋学期が始まるまでの生活環境を整える(家探し、現地のお店の確認等々)

 ②英語に慣れる(レベルアップの意味ではない)

の2点を目的として、先輩方の意見も聞きつつ、現在通っている大学のESL(English as a Second Language) classを取りました。

慣れる意味でも、外国語といえば、まずSpeakingだろうと思い、Speakingのクラスを2つ履修しました。②の観点で考えれば、3つ取ろうと思えば取れた気もしますが、①を考えると、2つで良かったと思います。


-クラスメイト-

まず驚いたのは、アジア人の数の多さでした。特に中国からの学生が異様に多い。
ミュンヘンでドイツ語を習っていた際は、南米人の多さに驚きましたが、今回はその驚きを上回りました。

最初の授業では、

・日本人   1名(自分)
・韓国人   2名
・ギリシャ人  1名
・中国人   その他多数(15名くらい)

でした。次のクラスでは日本人の割合が微増、ギリシャ人がイタリア人に変わっただけでした。
ですので、クラスメイトと仲良くして英語を伸ばすことはできません苦笑。

また、ほとんどの学生が学部2、3年生という感じで、遊びに来ているという学生もいました。
ただ、英語を学部生でありながら、しっかりと話せる学生が多かったのは印象的でした。


-授業内容等-

授業自体は、米国人の先生が行ってくれるので、ネイティブの英語を聞くことができました。

ただ、マンツーマンではないので、当然発言の文法ミスをその都度修正してくれる、といったことはないので、「とにかく話す!」ということが重要だと思います。
(なお、実際、日本での授業とは異なり(!?)、発言点が成績の大きな割合を占めます。)

内容は、文法等ではなく、米国人が使うスラングや米国での授業におけるディスカッションの進め方等、実用的な事を英語で学びました。

なので、英語のレベルの向上、という点ではあまり進歩がなかったですが、目的②の「英語に慣れる」という意味では、学術的ではないものの、日常的な英語を学べて、非常によかったと思います!


-最後に-

サマースクールに興味がある学部生の方がいたら、ぜひお伝えしたいのは、3週間のプログラムでは語学力は向上しませんということ。

なので、「米国のサマースクールに参加すれば英語が伸びる」と思って語学力の向上だけを目的に参加すると良い結果は得られないと思います。
(もちろん、本人の努力次第です!)

ただ、他国の優秀な学生に会えたり、異文化を体験し、刺激を受けて、視野を広げたい方には非常に良いプログラムだと思います!

2014年7月5日土曜日

W杯を観ながら…

現在、ドイツ対フランスの準々決勝を観ながら書いています。
ですので、多少文章が雑になっていると思います。


今月末より米国で留学するにあたり、渡独時と同様、また月一で更新していきたいと思います。
とすると、これが日本を発つ前の(おそらく)最後のブログですね。

で、W杯について(記憶にある範囲で)思い起こすことといえば…、


1998年(小学生):ジョホールバルで試合を観た!

 当時通っていたサッカーのクラブチームの監督がシンガポール代表のコーチか何かで、
 チケットを分けてもらい、観に行ったような。詳細は思い出せないけど、岡野と叫んでた覚え有。


2002年(中学生):サッカーの試合よりも、テーマソングの「Mugen」に夢中!
 
 日本にいなかったため、試合をあまり観られず。日本にいたかったー!


2006年(浪人時代):カンナバーロのイタリア優勝!

2010年(卒論時代):徹夜して観たスペイン対オランダ、延長でイニエスタ!


かなぁ。


ところで、今年は敗退した日本代表の本田に対して、バッシングがひどいみたいですね…[1]。
「負け犬の遠吠え」とか「口だけ」とか…。

サッカー選手だから批判されて当然、って書いている人は思うのかもしれません。
が、自分の場合、そういう批判をする前に「自分はその分の努力したのか」と思ったわけです。

ということで、4年間(ついでに目標を覚えてる範囲の+8年間)を振り返ってみようかと。


2002年時の目標:学院に合格・進学

 たしか、高校見学を終えて、学院に行きたいと考えていたような。
 大学までエスカレータだし、大学はロボットに強いって聞いてたからね。
 
 結局、学院には受かったものの、迷いに迷って附校に進学。
 4年間の目標ではないけど、一応目標達成。


2006年時の目標:東工大に合格・進学 & 志望する研究室に配属される事

 浪人時代。相変わらずロボットの研究がしたくて、そこを軸に大学選択。
 故加藤一郎先生がいた大学かいろいろなロボットを研究している広瀬先生の大学かと
 思いつつ、前者しか受からなかったので、前者に進学。

 で、研究室配属で、また2つの研究室で迷いに迷ったけど、志望する研究室に無事配属。

 当時、受験は失敗としか思わなかったけど、今振り返ると目標は達成してるなぁと思える笑。

 
2010年時の目標:米国大学院に合格・進学

 2011年に米国に行く予定がドイツになっていたり、日本の修士課程を終えたり、
 いろいろあったけど、今年無事目標達成!

 今だからだろうけど、この4年間が今までで一番目標を意識して動いた4年間だと思う。
 ある意味、ドイツ行ったのも、この目標につなげるためでもあるし。


と振り返ってみると、軸自体はぶれてないけど、細かな部分でよく迷ってるよね、自分w

あと、文面だけみると、比較的成功している(!?)ようだけど、書かれてない面(恋愛とかw!?)では、
失敗だらけだなぁ、と苦笑。

まあ、なにを意識して動くかですよね!てなわけで、2014年、これからの4年間の目標は、


Ph.D取得を大きな目標の軸として、・好成績維持・RA獲得・研究業績を挙げる


ととりあえず大まかに設定したいと思います!!


さてさて、次の2018年のロシアW杯は米国で観ているんですかね!?
2018年の自分も期待しています!!

ではでは。


参考

[1]grape, http://grapee.jp/5768

2014年5月11日日曜日

高校生や大学生(1,2年生くらい!?)の感想文の見栄えをよくするには…

このあいだ、とある大学生の感想文を添削していたときに思ったことを、備忘録的に書いておきたいと思います。
 
というわけで、「りんご」について書かれた本を読んだ感想文として、ありがちな文章と修正した文章を簡単に書いてみます(内容については適当に書いていますのであしからず)。

まずは、ありがちな文章から。

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この本は、りんごについて書かれていました。

りんごにはたくさん品種があることがわかりました。私は「○○」を食べたことがあるので、次は「××」を食べたいです。→「りんご」の品種について

りんごは甘かったり、すっぱかったりすることがあることがわかりました。甘いりんごを食べたいです。→「りんご」の味について

これから、私は真っ赤で瑞々しいリンゴを探したいと思います。→「りんご」の見た目について

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上述のように、本の内容である「りんご」について書かれているものの、ひとつひとつの段落が違った観点になっています。(各段落が本の各章について書かれている感じですね。)


 これを、「りんご」の味に注目して、全体の文章を書いてみます。
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この本は、りんごについて書かれていました。

りんごにはたくさん品種があることがわかりました。その中で、私は「○○」を食べたことがあります。食べた「○○」はすっぱかったので、りんごは嫌いだったのですが、甘いりんごがあることがこの本でわかりました。なので、今後はいろいろな品種を試しつつおいしいりんごを見つけたいと思います。

特に、真っ赤で瑞々しいりんごはおいしいりんごだと思うので、見た目を重視して選びたいと思います。また、自分と同じように、すっぱいりんごを食べて嫌いになった人もいると思います。そのためにも、おいしいりんご探しに精を出したいと思います。

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読んで違いがわかりましたか?(上手く違いについて書けていなかったら、すみません…。)

後者は、前者と違い、リンゴの味に注目して書いた結果、全体的な色の割合が緑で、文の最初である導入部分あたりに黄色や水色がある程度です。

このように、部分部分には異なる色(内容)があっても、大きく見たときに、色(内容)が統一されていないと単純な情報の羅列なので、人の頭には入りません。


「どうすればよくなるか?」というと、本からの単純な引用をやめましょう。

本と同じ内容を書けば、スペースはすぐに埋まるものの、情報しかなくなります(=色が違う段落が増えるだけ)。

一般的に、感想文に求められることは、本の「要約」ではなくて、本を読んで「何を考えたか」です。

なので、例えば、「~という言葉が印象的でした。」だけで終わらせずに、「~という言葉が印象的でした。なぜなら、~と思うからです。」のように理由を加える等のことをしましょう。

添削したときは、細かくコメントしたのですが、一般的なところだとこんなところでしょうか。

てなわけで、簡単ですが、このへんで。